最新記事

国籍

国籍が国際問題になり得るのはなぜか──国籍という不条理(3)

2019年1月31日(木)11時50分
田所昌幸(慶應義塾大学法学部教授)※アステイオン89より転載

逆に何らかの理由によって国籍を持たない人も居る。非市民の権利保障が一定の水準に達していれば、この特集で陳天璽が言及しているように(編集部注:「無国籍を経験して」、『アステイオン89』所収)、あえて無国籍を選択することもできるだろうが、無国籍者はどの国家からも必要な保護を得られず、様々な不利益を受ける。

事実一九世紀統一前のドイツで諸領邦の国籍法が整備された直接の動機になったのは、貧困移民の保護にどの国が責任を持つかを明確化するためであった。近年ミャンマーで問題となっているロヒンギャ族の人々の事例でも、ミャンマー政府が彼らのミャンマーへの帰属を否定し、バングラデシュからの難民だという立場をとっていることから、国家と国家の間の狭間に迷い込んだ彼らは、深刻な人権侵害に苦しんでいる。

それもこれも、国籍制度は個々の国家が個別的に決めていて国際的に調整されているわけではないからで、原理的には血統主義を取る国民を両親として、出生地主義の国で出生すれば、重国籍になるし、逆のケースでは無国籍になるはずである。

現実には諸国は国籍取得や国籍離脱の制度をつぎはぎして、上のような問題に対処してきた。しかし時に管轄権の重複によって相当深刻な国際問題が生じた事例もある。たとえば一九世紀のヨーロッパ諸国には、国籍離脱が制度化されていない国が少なくなく、例えばイギリスの場合は、コモンローの伝統によって国王の支配する領土に生まれれば、国王の保護を受けると同時に生涯不変の忠誠を誓う臣民であると理解されていた。

そのためアメリカに移住したイギリス生まれの人々も、イギリス人であるという立場をとっていたため、英海軍がアメリカに帰化したイギリス出身者を強制的に徴募したり、当時はイギリス領だったアイルランドからの移民が、アイルランドの独立運動を支援するために、これまたイギリス領だったカナダに攻め込んだりといった事件が起こっている(2)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

関税引き上げ8月1日発効、トランプ大統領「複数のデ

ワールド

BRICS首脳会議、ガザ・イランへの攻撃非難 世界

ビジネス

日産、台湾・鴻海と追浜工場の共同利用を協議 EV生

ワールド

マスク氏新党結成「ばかげている」、トランプ氏が一蹴
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗」...意図的? 現場写真が「賢い」と話題に
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    コンプレックスだった「鼻」の整形手術を受けた女性…
  • 7
    「シベリアのイエス」に懲役12年の刑...辺境地帯で集…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 10
    ギネスが大流行? エールとラガーの格差って? 知…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 10
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中