最新記事

沖縄

TBS松原耕二が書いた、翁長知事への「別れの言葉」

2018年9月6日(木)18時05分
松原耕二(TBSキャスター)※沖縄を論考するサイト「オキロン」より転載

県民のお父さん

当時の鳩山由紀夫首相の「最低でも県外」という発言が、沖縄を揺り動かす。この発言によって、多くの県民と同じように翁長氏もそれまでの「苦渋の選択」から解放される。革新だけでなく、保守の政治家たちも一斉に、辺野古移設反対に回ったのだ。こうした事態はそれまでないことだった。その流れのなかで沖縄に41ある全市町村が「普天間基地の県内移設断念」などを求めた建白書を政府に提出するのだが、安倍総理に代表して手渡したのは他でもない、那覇市長の翁長氏だった。

しかし仲井眞知事は態度をひるがえす。首相官邸で安倍総理らと会談し、多額の振興予算を確保できたとして記者団にこう述べた。

「これはいい正月になるなあというのが、私の実感です」

この言葉について翁長氏は、こう語った。

「沖縄ではですね、いい正月を迎えられるというのはですね、言葉遣いとしては2通りあるんですよ。例えば孫が生まれたとかでいい正月が迎えられる。ところがもうひとつの意味では、他人の犠牲の上に立ったもので自分が何かやったときに、たいへん屈辱的なものの場合にですね、一部の人がいい正月を迎えられるっていうときにも使うんですよ」

翁長氏は怒りというより、失望の色を顔に浮かべていた。

「いい正月という言葉には、お前ひとりだけいい正月を迎えられるとはどういうことなんだよと、そういうのがあるんですよ。これは県民の心のひだですから。これは仲井眞さんが、ご理解いただけなかったかというかまでは言えませんが、いずれにせよ、ああいう発言をしたってこと、そのものが沖縄の人もプライドをひどく傷つけられ、何百年という歴史を振り返っても、いたく心を傷つけられてね」

翁長氏は続けた。

「ある意味、知事というのは県民のお父さんですからね。なんかお父さんに見放されたようにね、そういった部分で(県民は)寂しさを感じたと思いますね」

態度をひるがえした仲井眞氏と、移設反対の立場を続けた翁長氏。仲井眞氏の県知事選で2度、選挙対策委員長を翁長氏がつとめるなど、ふたりの関係は良好だったはずだ。それにもかかわらず、最後の選択でふたりを分けたものは何だったのだろうか。

それはふたりの自己規定の違い、つまり政治家だったかどうかだと、私は思う。

民主党政権から自民党政権に戻ったのだから、もう辺野古移設を止めることはできない。それならば「苦渋の選択」をしていた前の立場に戻るのが現実的だ、たくさんの振興策をもらえるならば、それこそが沖縄のためだ。通産省の官僚から経済界に身を置いた仲井眞氏がそう考えたとしても、何ら不思議ではない。

ところが「沖縄県知事は県民の父親でなければならない」という心境の翁長氏は、県民の心のひだを無視することはできなかった。保守と革新がそろって反対に回ったのだ。県外移設を願った当時の県民たちの熱い思いに背を向けるという選択肢は、彼の中にはなかったのだ。たとえかつての仲間たちである自民党の国会議員と知事が、次々と政府に屈服するかのように態度を変えたとしても。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、グリーンランド特使にルイジアナ州知事を

ビジネス

外貨準備のドル比率、第3四半期は56.92%に小幅

ビジネス

EXCLUSIVE-エヌビディア、H200の対中輸

ワールド

25年の中国成長率、実際は2─3%台か 公式値の半
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 6
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 9
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中