高校新科目「歴史総合」をめぐって
しかし、問題なのは前者、「明治維新」が登場する単元Bの(3)節である。「明治維新」を王政復古による新政府の発足のことと捉えるか、より広く、徳川末期の政治運動から近代国家としての制度的確立までの過程と考えるかについては、さまざまに議論がある。だがいずれにせよ、せいぜい二十年ほどに過ぎない一国内の事件が、ここだけ節の題目に挙がっているのは、あまりにも「明治維新」偏重ではないだろうか。Bの(3)が扱う時期に、西洋諸国においてデモクラシーの発展が見られ、日本でも憲法制定と国会開設が実現したことを考えるならば、(3)の題目は「立憲体制と国民国家」――指導要領案の説明文にはこの表現が見える――とすべきではなかったか。
Bの(3)節の「内容の取扱い」にさいして配慮すべき事項を述べた箇所には、「人々の政治的な発言権が拡大し近代民主主義社会の基礎が成立したこと」とある。この指導要領案の歴史観では、世界史的に「近代民主主義」は、十九世紀後半になって「国民国家」の確立の上に成立したことになっており、「18世紀後半以降の欧米の市民革命」も、Bの(3)との関連でとりあげるように指定されている。明治時代に西洋の立憲主義を受容した日本についてはともかく、世界史に関する理解としては、大きな欠陥を含んではいないだろうか。
こうした「国民国家」と「民主主義」との関係づけにもほの見えているのだが、この指導要領案を貫いている歴史の見かたは、徹底した経済中心史観である。たとえば単元Bの(2)の内容で最初に挙げられているのは「18世紀のアジアや日本における生産と流通」であって、欧米における市民社会の確立やアメリカ・フランスの革命ではない。第二次世界大戦の原因として「経済危機」を重視することや、冷戦とグローバル化とを一緒にしてしまうところにも、経済にしか関心がないような気配がある。
この指導要領案の作成にあたって影響力をもったと思われる、中央教育審議会の教育課程部会「高等学校の地歴・公民科科目の在り方に関する特別チーム」の第三回会合(二〇一六年二月十六日)の配布資料には「基軸となる問いに着目した「歴史総合(仮称)」の構成イメージ(たたき台案)」というカラーの図があり、文部科学省のウェブサイトで公開されている(1)。
この図は、「歴史の転換」を理解するための「基軸となる問い」を、分野別に並べて示したものである。そして同時に「歴史への転換の関わりの深さ」を着色の濃淡で示しているのだが、「経済に関する諸問題」がもっとも関わりが深いとされ、政治、国際社会、社会・文化と進むに従って、浅いものと位置づけられている。近代政治原理や市民社会の確立に関する事項が軽視もしくは無視されてしまうのも、この図からすれば当然であった。
【参考記事】文部省教科書『民主主義』と尾高朝雄