最新記事

「戦後」の克服

元米兵捕虜が教えてくれた、謝罪と許しの意味

SEEKING A SENSE OF CLOSURE

2018年8月15日(水)19時30分
小暮聡子(本誌記者)

娘のギルバートによれば、戦後PTSDに苦しめられていたスタークは、長い間子供たちに捕虜生活について語らなかったそうだ。だが79年にイランの米大使館で起きた人質事件を機に、数日間「まるで洪水のように」話し続けたという。捕らわれの身となり生死の境をさまよう人質の姿が、かつての自分と重なったのかもしれない。

忌まわしい記憶と付き合っていくためには、自分の身に起きたことを客観的に理解しようと努力するしかなかったのだろう。スタークは何度も「私は何事も大局的に捉えようと努めている」と言った。「われわれが経験したことの多くは、人々の残虐さのせいで起きたのではない。主な原因は物資の不足だった。だがそこに人々の残酷さが加わったとき、状況はさらに過酷になった」

残酷な仕打ちの1つが、捕虜を理不尽な理由で殴ること。「ハヤク」という日本語を理解して即座に反応しなければ、殴られる。捕虜の側にしてみれば、自分たちがなぜ殴られているのか、単に日本人が残虐だからなのか理由が分からない。スタークは「推測するしかないが」と前置きした上で、特にバターンにいた日本軍は米軍と戦った直後で、仲間を失うなどの経験をしていれば、敵に憎しみを抱くこともあっただろうと語った。

戦後もずっとPTSDに苦しめられてきたスタークだったが、14年10月、69年ぶりに彼の物語を大きく展開させる出来事が訪れる。日本外務省による元戦争捕虜の招聘事業で、娘のギルバートと共に訪日したのだ。日本行きを決意させたのは、弁当をくれた日本人が終戦5年目にスタークに書き送った手紙だった。

手紙の返事を書けなかったことをずっと後悔していたスタークは、その日本人を捜すために92歳で重い腰を上げた。訪日中には見つからなかったが、石原産業四日市工場から真摯な対応を受け、工場関係者が後日その人物の息子を捜し当ててくれた。それ以来、スタークは息子との文通を続けている。

かつての敵国日本と向き合うことで、70年以上に及ぶ苦しみの歴史を1つ前に進めることができたからだろう。そこまで語ると、話題は現在の日米関係に及んだ。これまで築いてきた素晴らしい日米同盟を堅持すべきこと、日本は「正直な」歴史を語るべきであること、そうすれば自分に対する謝罪など必要ないことなど、スタークは時折語調を強め、こちらに同意を求めながら語った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

独新財務相、財政規律改革は「緩やかで的絞ったものに

ワールド

米共和党の州知事、州投資機関に中国資産の早期売却命

ビジネス

米、ロシアのガスプロムバンクに新たな制裁 サハリン

ビジネス

ECB総裁、欧州経済統合「緊急性高まる」 早期行動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 10
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 9
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中