モーリー・ロバートソン解説:「9条教」日本の袋小路
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例えば、仮に横田めぐみさんが帰ってくるというようなことがあったら、「これで日朝関係が大いに進展した。対話こそが大事なのだ」と宣言する人が出てくると思う。でもそれは、ドナルド・トランプ大統領が北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)党委員長と会っただけで北の核問題が解決したと言い切るのと同じくらい危ういことなのですが、リベラル系のメディアがそれに飛び付いて友好ムードを醸成してしまうと、北朝鮮は少ししか譲歩していないのに日本が大幅に譲ってしまう恐れがある。非核化の名目で大金を渡して北のエリート層がいくらかピンハネして終わるというような、うっかり外交に陥るリスクがある。
もっと言うと、「9条・護憲」の人々の心の奥底には、「そうした『賠償金』の支払いは日本が犯した歴史的大罪に対する贖罪だし、拉致被害者にこだわるよりも日本の歴史を見直して今後の北朝鮮を盛り上げましょう」という考えがある。もちろんそれを表立っては言わないだろうけれど、本音では「日朝間の問題くらいで9条の立場を危うくするんじゃない」という考えがあると思います。「9条スピリット」の人には、在日米軍と自衛隊を合わせた軍事力がすごく高いことに安心しているという、どこか矛盾した感覚を覚えないでもない。在日米軍の恩恵を受けていながら米軍帰れと言う妙なバランス感覚は、意識的に調整しなければあり得ないことです。
「熟考民主主義」という安全弁
そうした、見たいものだけを見る人たちをうまく束ねる人がポピュリストとして台頭すると、政治は厄介な方向へ進みがちです。民主主義の下、全ての人が平等に参加してイコールに発言権および影響力を持つと、得てしてポピュリズムが勝ってしまうという事例が歴史上にたびたびある。それは人間が低きに流れる生き物だからで、この矛盾を上手に、その都度解決するのが賢者による統治であって、今のところ日本は賢者統治ができていると思う。
私が自民党を賢者統治と呼ぶと「安倍政権が好き過ぎて、そこまで詭弁を用いるのか」と言われることがあります。ただ私が言う日本の賢者統治は、あくまで結果としてのそれなのです。
どういうことかというと、日本では自分たちさえ良ければ環境問題とか世界の諸問題とかどうでもいい、とにかく自分の賃金を上げろという人たちが政治の決定権を握らなかったからです。なぜか。多くの日本人たちには「政治というのはお上がやるもの、先生方がやるもの」という諦めにも似た受け身志向があるからでしょう。クレームだけはつけるけど、代替案はハナから考えていない。「自分には学識がないから」などと言って。その「諦め」に支えられた自民党の統治があった。だから結果としての賢者統治なんです。
日米同盟にしろ日朝関係にしろ、日本の外交問題を見通すと、賢者統治とアンチ・リアリズムの「9条スピリット」のせめぎ合いになるかもしれません。ただ、社会の政治的分断が深まりすぎて煽動政治が長く続くという最悪のシナリオに至るとは限らない。
まだブレーキはあります。というのも、日本の政治は英語で言うところのdeliberative democracy だから。「熟考民主主義」とでもいうのでしょうか、ああでもない、こうでもないと議論を深めて落としどころを見つける爽快感はないが、だんだん問題の傷口が小さくなる民主主義政治のことです。日本の政治は、まだ熟考民主主義の中で踏みとどまっています。
[筆者]
モーリー・ロバートソン(MORLEY ROBERTSON)
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ。米ニューヨーク出身。日米双方の教育を受け、1981年に東京大学とハーバード大学に同時合格する。テレビやラジオなどメディア出演多数。著書に『挑発的ニッポン革命論〜煽動の時代を生き抜け〜』(集英社)、『「悪くあれ! 」窒息ニッポン、自由に生きる思考法』(スモール出版)など。
※本誌8/14・21夏季合併号(8/7発売)「奇才モーリー・ロバートソンの国際情勢入門」特集掲載。
<編集部より>
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国際ジャーナリストにしてミュージシャン。テレビやラジオ、執筆活動などで幅広くご活躍されるモーリーさんは、その多彩な能力にたがうことなく世界情勢を見る目もユニークかつ複眼的です。ありふれた国際情勢の解説に食傷気味の方には、うってつけの「教授」。ユーモアを盛り込みながらも、鋭く問題の核心を突くモーリーさんの国際情勢講義は、小気味よく通説を打ち破ってくれます。
今回はアメリカ、中国、日本外交、中東、そしてマリフアナ! と世界を網羅するメニューを用意しました。読み終えた後は、日本メディアでは分からない、「ほかとは違う」世界情勢の読み解き方を手にするでしょう。
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