最新記事

ドイツ

人種差別を理由に代表引退のエジル そしてドイツでわき上がる論争

2018年7月26日(木)17時20分
モーゲンスタン陽子

実はこの5月、ドイツは国際連合人権理事会から、人種差別に対する取り組みが足りないと勧告を受けている

ドイツは人権問題では一般的に高評価を得ているにもかかわらず、2015年に大量に難民を受け入れて以来、ヘイトクライムが急激に増え、難民と難民センターへの襲撃が5700件も起きた。また、反ユダヤ主義の台頭も指摘されている。さらに昨年には同様に国連から、アフリカ系移民に対する組織的な人種差別とステレオタイプ化を糾弾されている

ドイツ政府はこれを受け、人種差別撲滅対策の強化を表明している。しかし、ドイツで特徴的なのは、政府だけではなく、人種差別を許さない一般市民の意思が非常に強いことではないだろうか。差別をする人間がいるのは世界中どこでも同じだが、差別が大きくなるにつれ、それに対抗する力も強大になっていくように思われる。今回のエジルの件でも、人種差別反対の声がSNSなどを通じて瞬く間に広まった。

悪気のないレイシズム?

ドイツ国際公共放送ドイチェ・ヴェレは、フェイスブックにていち早くビデオを公開。ドイツに暮らす移民あるいは外国人が、ドイツの人種差別をどう考えているかを紹介した。それによると、ドイツ国民の71%が人種差別・外国人嫌いを重要な問題とみなしている。

ビデオに登場する4人はみな、日常的な人種差別を指摘する。だがおそらく、彼ら彼女らがここで述べているのは、北米で昨今「カジュアル・レイシズム」と呼ばれている、「悪気のない差別」あるいは「無知」のことだ。

たとえば、アフリカ系の女性が肌の色をカプチーノに喩えられたことに嫌悪感を示しているが、その類のことはドイツでは実によくある。17年ほど前、筆者がドイツ語を習っていたとき、クラスにアフリカ系の女性がいたが、講師が彼女に「日焼けしたらもっと黒くなるの?」とたずねたことに、アメリカ人受講者が驚愕していた。筆者も、ウクライナ人に対し講師が「私たちにとってはウクライナもロシアも同じ」と言ってのけたことに耳を疑った。この類の「差別」は筆者自身、数え切れないほど受けた。

ドイツ人、さらにヨーロッパは、思っていることをなんでも口にして良い、悪気がなければ差別ではないという思い込みが強い。北米では下劣な侮辱行為とされる、アジア人に対する「つり目ジェスチャー」が、「友好の印」などとして横行しているのも、そんな理由からだ。これについては、ドイツは意識を変えていく必要があるだろう。

北米のように「出身はどこ?」という気軽な質問がタブー視されていないのも問題だ。エジルのように、生まれ育った国において常に外国人扱いされるということを含め、不条理な疎外感を与えることを社会学でothering (other「他者」)と言うが、それはアイデンティティの分裂を促し、結局移民の統合を妨げることになる。同ビデオでも、アメリカ生まれのムスリムの女性が自身をアメリカ人と見なしているのに対し、ヨーロッパでは「移民二世」と名乗る人が多いことを指摘している。

さらに今回の件を受け、他国にルーツを持つ若いドイツ人がなんと#MeTwoハッシュタグで自分の受けた日常の差別体験をシェアし始めた。すでに10,000人以上がこのハッシュタグを使用して発言している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:トランプ関税が生んだ新潮流、中国企業がベ

ワールド

アングル:米国などからトップ研究者誘致へ、カナダが

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、方向感欠く取引 来週の日銀

ビジネス

米国株式市場=3指数下落、AIバブル懸念でハイテク
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナの選択肢は「一つ」
  • 4
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 5
    【揺らぐ中国、攻めの高市】柯隆氏「台湾騒動は高市…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 8
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 7
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中