最新記事

米朝会談 失敗の歴史

歴史で読み解く米朝交渉──神戸、金沢での経験を経て

2018年6月11日(月)16時58分
長岡義博(本誌編集長)

Photoillustration by Newsweek Japan

<24年前、関西の一県警が北朝鮮への不正送金を摘発。県警担当の新聞記者だった当時は分からなかった意味合いも、国際情勢を俯瞰すれば見えてくる。6月12日の米朝首脳会談に対しても、コンテクスト(文脈)を見失わないことが大切だ>


<北朝鮮に不正送金した疑い 神戸の会社捜索>

兵庫県警防犯課と外事課は19日、海産物輸入に絡んで朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に送金する際、大蔵大臣に正規の報告を行わなかったとして、外為法違反(報告義務違反)容疑で神戸市中央区××××、貿易会社「×××貿易(××××代表)など13カ所を捜索した。

調べでは、同社は昨年6月7日、海産物輸入に絡んだ貿易決済の際、北朝鮮の貿易会社「××××貿易商社」が神戸市内に開設した非居住者外貨預金口座に、正規の報告を行わずに、約11万米ドル(1240万円)を振り込んだ疑い。

同課は、同社がこれ以外にも北朝鮮に不正に送金をしていた、とみている。

<1994年4月19日付毎日新聞夕刊>

今から24年前、私が毎日新聞神戸支局の兵庫県警担当記者をしているときに書いた記事です(伏せ字は元の記事では実名)。

持ち場替えで県警担当になったばかりで右も左も分からない中、他社はほぼ全社が事前に捜査情報を察知していたのに自分だけが特オチ(1社だけが事前情報を全く知らず、後れを取る記者にとって恐怖の状態です)になり、キャップやデスクに怒られた......という苦い記憶が呼び起こされる事件なのですが、後追いで取材を始めた私は当時、「なんで兵庫県警が北朝鮮の、しかも外為事件?」という疑問を持ちました。

県警の防犯課は主に風俗事件を取り締まる部署(後に、生活安全課に改称)で、外国への経済制裁の一翼を担う外為事件を手がけるのはかなり意外な感じがしたからです。

しかも、相手は北朝鮮。日本人拉致問題が明らかになるのはこの数年後で、当時は「日本と国交がなく、貧しくベールに閉ざされた国」という印象しかありません。その国への資金供給を、あえて関西の一県警がなぜ取り締まるのか。

「上が北朝鮮がらみの事件をやれ、言うとんのや」

夜回り先(警察官など取材対象の家に夜アポイントなしで押しかける取材手法です)で質問した私に、防犯課の幹部はこんな風に答えてくれました。「上」が県警のさらなる幹部を指すのか、さらにその上の警察庁を指すのか、あるいはその両方なのかは分かりません。

「大した事件やないよ」

この幹部はそうも言っていました。新しく担当になったばかりの私が右往左往するのを哀れに思ったのかは定かでありませんが、やりたくもない事件をやらされている、というニュアンスを感じました。

当時ははっきり意識していませんでしたが、いまとなってみれば、なぜこの事件が摘発されたのかは分かります。

核を切り札にアメリカと交渉しようとしていた北朝鮮は92年、IAEA(国際原子力機関)による査察をいったんは受け入れると表明しましたが、翌93年に突然、追加査察を拒否。全国に準戦時体制を布告し、核拡散防止条約(NPT)からも脱退する、と脅していました。

原子炉から使用済み核燃料の取り外しを始めるのは、兵庫県警が事件を摘発した翌月の94年5月。核弾頭を製造するためのプルトニウム抽出まで秒読みの段階になりました。アメリカが北朝鮮の核施設攻撃を真剣に検討する第1次核危機です。

非核化に応じようとしない北朝鮮に対する国際社会の圧力に、できるだけ日本も協力する。兵庫県警の事件は、そんなストーリーの一部分だったように思えます。

事件を検挙して誇らしいはずの防犯課幹部がなんとも微妙な顔をしていたのは、事件捜査の「音頭」を本当に取っているのは自分たちでなく、記事に控えめに担当課として名前が付け加えられた外事課だったから、かもしれません。


180619cover-150.jpg<歩み寄りと武力行使の危機が繰り返された、米朝交渉30年の歴史から見える「未来」――。本誌6/19号(6月12日発売)は「米朝会談 失敗の歴史」特集です。3度も戦争の瀬戸際に立った米朝の交渉から首脳会談の行方を読み解き、北朝鮮が制裁を受けながら核開発を続けられた理由を制裁担当者が語る。そもそも核の抑止力は本当に有効なのか、インドの経験も紐解きます>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ベラルーシ、平和賞受賞者や邦人ら123人釈放 米が

ワールド

アングル:ブラジルのコーヒー農家、気候変動でロブス

ワールド

アングル:ファッション業界に巣食う中国犯罪組織が抗

ワールド

中国で「南京大虐殺」の追悼式典、習主席は出席せず
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 5
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 6
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 7
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    「体が資本」を企業文化に──100年企業・尾崎建設が挑…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中