最新記事

中国

月の裏側を探査する中国のしたたかな戦略と、戦略なき日本の探査

2018年5月25日(金)18時01分
鳥嶋真也

着実に月探査を進める中国

中国はさらに、月の岩石を採取して地球に持ち帰る探査機「嫦娥五号」の開発も進めており、早ければ2019年にも打ち上げるとしている。そして2030年代には有人月探査の実現も目指している。

中国の月探査の特徴は、長期的な計画に基づいて、戦略的に探査を実施する「プログラム的探査」を行っているところにある。

まず月のまわりを回って探査し、続いて月に着陸し、さらに月から岩石を持ち帰り、やがて有人を送り込もうという一連の流れは、月の謎の解明と、そして有人月探査という究極の目標に向けて一本筋が通っており、また段階を踏んで難しいことに挑戦していくことから、失敗のリスクも小さい。時間はかかるものの確実で、場合によっては"急がば回れ"にもなる。

月にはまだ多くの謎が秘められており、それを解明できれば科学史に名が残る。ひいては中国の科学・技術をアピールすることにもなり、さらに人を送り込むことができればなおのことである。

科学的な成果と存在感の発揮、名も実も取ることを目指した、したたかな戦略といえる。

中国は今年末、世界初となる月面裏側への軟着陸を計画しており、地球上との通信を中継する役割の通信衛星を打ち上げた

日本の月探査計画

一方、日本の月探査の歩みと先行きは厳しい状況にある。

たとえば2007年、くしくも嫦娥一号と同じ年に、日本は「アポロ計画以来の本格的・最大の月探査」と銘打った探査機「かぐや」を打ち上げ、多くの実績を残した。しかし、その後継機の計画は頓挫しており、開発や打ち上げの目処は立っていない。

また現在、2020年ごろの打ち上げを目指して、小型の月着陸機「SLIM」の開発が進んでいる。SLIMは月の狙った場所に正確に着陸できる能力をもった高性能な探査機だが、「かぐや」と同じく、SLIMもまた、そのあとに続く計画は具体化していない。

こうした例に見られるように、日本の月・惑星探査は、その多くが一度きりで終わり、後が続かないという欠点があった。近年では、太陽系小天体(小惑星や木星の衛星)などについては戦略的な探査が実現しつつある。しかし月探査については依然として、はっきりとした道筋は示されていない。

日本の月探査の確固たるビジョンがない理由は、協力相手となる米国の動きがまだ不透明なことが大きい。米国はふたたび月に宇宙飛行士を送り込むことなどを目指した大掛かりな月探査計画を打ち出し、日本などを巻き込もうとしているが、まだ実現の目処は立っていない。

また、たとえ米国と共同で月を目指すとしても、政権が変わるなどして方針が見直されれば、はしごを外されることになる可能性も高い。

「かぐや」などの成果を活かすためにも、また国際的な存在感を示すためにも、そして中国との競争、協力という点からも、日本が月探査においてどのような役割を果たし、成果をつかみたいのか――あるいは月探査以外に注力すべきなのか。長期的な視点に立った戦略を打ち出すべきであろう。

moon001.jpg

NASAの探査機が撮影した月の裏側 (C) NASA

moon002.jpg

米国はふたたび月に人を送り込む計画を打ち出し、日本などに参加を呼びかけているが、実現するかはまだ未知数である (C) NASA

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中