冷戦後の世界と、新しく過渡的だった平成という時代
実際、2001年に起きた「9.11」以降、世界は「テロの時代」を迎えており、国家間、民族間、宗教間の対立も絶えることがなく、世界は混迷の度を増しているかのようである。しかしながら、インターネットの一般化に象徴される高度情報化社会の実現や人工知能の発達が第4次産業革命の到来を予告するのも、過去30年間の大きな変化の一つと言えるだろう。
「冷戦後の世界と平成」という視点は、まさにこのような過去30年間の変化を日本国内のみの出来事として理解するのではなく、世界の動向、とりわけ冷戦体制という枠組みがなくなった後の世界の変化と重ね合わせることでよりよく理解できることを告げる。
それでは、かつて野田宣雄が「民族、宗教、アジア」と指摘し、五百旗頭が「国際、人権、環境」と答えた「冷戦後の世界の軸」を念頭に置いてこの30年間を眺めるとどうなるだろうか。
五百旗頭は、グローバル化の進展が個別のアイデンティティの主張を強め、ハンチントンが主張した「イスラム文明」と「中国文明」が冷戦後の世界秩序に大きな影響を与えるとともに、冷戦時代の覇権国であった米国は21世紀になると効果的な対応が出来ないまま中国の台頭を許したと分析する。
確かに、中国が米国に次ぐ経済大国となったとはいえ、依然として自らの力で新しい世界の秩序を確立するまでには至っていないし、自由貿易の維持を唱えるなど、既存の秩序の中に留まって活動している。その意味において五百旗頭が指摘するように、中国は勝手気ままに行動することは出来ず、現状の制度を基本としつつ、自らの力を高める立場へと回帰している。それでも、冷戦後の世界の秩序を維持してきた米英が、一方は自国第一主義を掲げ、他方はヨーロッパ連合からの離脱を決めるなど、冷戦終結から30年を迎えようとする2016年以降に世界秩序を崩壊させる態度を示していることは、現在の世界が秩序の転換期を迎えつつあることを示唆していると考えられる。
このような時に際し、平成の終わりを迎えようとする日本はどうすべきか。20世紀の日本は米国と中国と戦争することで滅んだのであり、21世紀においては日米同盟と日中協商を維持することが重要であるという五百旗頭が提示する答えは、「日米同盟の堅持」と「国際秩序の維持」と、明快だ。しかし、この明快な答えが単純な答えでないことは、米国大統領のドナルド・トランプが自国の利益を優先させていることからも明らかであり、五百旗頭は日米同盟の深化の必要性と日中協商の重要性にわれわれの注意を喚起するのである。
平成とは、もしかしたら新しく、そして過渡的な時代かもしれない。しかし、このような混沌として先行きの見えない時代に生まれた『アステイオン』だからこそ、絶えず時代と格闘しながら新たな道を切り拓くことができたのだろう。
かつて12歳の少年が「一つの時代の終わり」と感じた昭和から平成への変化は、新しい時代の始まりであった。やはり12歳には「いつかは終わるだろうが、いつ終わるかわからない」と思われ、西側諸国は善であり東側陣営は恐ろしいものと感じられた冷戦も、幕切れは意外なほど静かなものだった。新たに始まった冷戦後の世界という時代は30年の時を経てこれまでに誰も経験してこなかった局面を迎えている。そのような時代の大きなうねりを描き出したのが、五百旗頭の講演「冷戦後の世界と平成」だったのである。
[筆者]
鈴村裕輔
1976年生まれ。法政大学大学院国際日本学インスティテュート政治学研究科政治学専攻博士後期課程修了。博士(学術)。主な専門は比較思想、政治史、文化研究。野球史研究家として日米の野球の研究にも従事しており、主著に『MLBが付けた日本人選手の値段』(講談社、2005年)などがある。
『アステイオン創刊30周年ベスト論文選
1986-2016 冷戦後の世界と平成』
山崎正和 監修
田所昌幸 監修
CCCメディアハウス
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