最新記事
歴史

冷戦後の世界と、新しく過渡的だった平成という時代

2017年12月25日(月)18時45分
鈴村裕輔(法政大学社会学部兼任講師)※アステイオンより提供

実際、2001年に起きた「9.11」以降、世界は「テロの時代」を迎えており、国家間、民族間、宗教間の対立も絶えることがなく、世界は混迷の度を増しているかのようである。しかしながら、インターネットの一般化に象徴される高度情報化社会の実現や人工知能の発達が第4次産業革命の到来を予告するのも、過去30年間の大きな変化の一つと言えるだろう。

「冷戦後の世界と平成」という視点は、まさにこのような過去30年間の変化を日本国内のみの出来事として理解するのではなく、世界の動向、とりわけ冷戦体制という枠組みがなくなった後の世界の変化と重ね合わせることでよりよく理解できることを告げる。

それでは、かつて野田宣雄が「民族、宗教、アジア」と指摘し、五百旗頭が「国際、人権、環境」と答えた「冷戦後の世界の軸」を念頭に置いてこの30年間を眺めるとどうなるだろうか。

五百旗頭は、グローバル化の進展が個別のアイデンティティの主張を強め、ハンチントンが主張した「イスラム文明」と「中国文明」が冷戦後の世界秩序に大きな影響を与えるとともに、冷戦時代の覇権国であった米国は21世紀になると効果的な対応が出来ないまま中国の台頭を許したと分析する。

確かに、中国が米国に次ぐ経済大国となったとはいえ、依然として自らの力で新しい世界の秩序を確立するまでには至っていないし、自由貿易の維持を唱えるなど、既存の秩序の中に留まって活動している。その意味において五百旗頭が指摘するように、中国は勝手気ままに行動することは出来ず、現状の制度を基本としつつ、自らの力を高める立場へと回帰している。それでも、冷戦後の世界の秩序を維持してきた米英が、一方は自国第一主義を掲げ、他方はヨーロッパ連合からの離脱を決めるなど、冷戦終結から30年を迎えようとする2016年以降に世界秩序を崩壊させる態度を示していることは、現在の世界が秩序の転換期を迎えつつあることを示唆していると考えられる。

このような時に際し、平成の終わりを迎えようとする日本はどうすべきか。20世紀の日本は米国と中国と戦争することで滅んだのであり、21世紀においては日米同盟と日中協商を維持することが重要であるという五百旗頭が提示する答えは、「日米同盟の堅持」と「国際秩序の維持」と、明快だ。しかし、この明快な答えが単純な答えでないことは、米国大統領のドナルド・トランプが自国の利益を優先させていることからも明らかであり、五百旗頭は日米同盟の深化の必要性と日中協商の重要性にわれわれの注意を喚起するのである。

平成とは、もしかしたら新しく、そして過渡的な時代かもしれない。しかし、このような混沌として先行きの見えない時代に生まれた『アステイオン』だからこそ、絶えず時代と格闘しながら新たな道を切り拓くことができたのだろう。

かつて12歳の少年が「一つの時代の終わり」と感じた昭和から平成への変化は、新しい時代の始まりであった。やはり12歳には「いつかは終わるだろうが、いつ終わるかわからない」と思われ、西側諸国は善であり東側陣営は恐ろしいものと感じられた冷戦も、幕切れは意外なほど静かなものだった。新たに始まった冷戦後の世界という時代は30年の時を経てこれまでに誰も経験してこなかった局面を迎えている。そのような時代の大きなうねりを描き出したのが、五百旗頭の講演「冷戦後の世界と平成」だったのである。

[筆者]
鈴村裕輔
1976年生まれ。法政大学大学院国際日本学インスティテュート政治学研究科政治学専攻博士後期課程修了。博士(学術)。主な専門は比較思想、政治史、文化研究。野球史研究家として日米の野球の研究にも従事しており、主著に『MLBが付けた日本人選手の値段』(講談社、2005年)などがある。

※当記事は「アステイオン」ウェブサイトの提供記事です
asteionlogo200.jpg



 『アステイオン創刊30周年ベスト論文選
 1986-2016 冷戦後の世界と平成』
 山崎正和 監修
 田所昌幸 監修
 CCCメディアハウス


ニューズウィーク日本版のおすすめ記事をLINEでチェック!

linecampaign.png

20240528issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年5月28日号(5月21日発売)は「スマホ・アプリ健康術」特集。健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

インフレ率低下、持続可能かの判断は時期尚早=ジェフ

ワールド

ウクライナ、北東部国境の町の6割を死守 激しい市街

ビジネス

インフレ指標に失望、当面引き締め政策が必要=バーF

ビジネス

物価目標達成に向けた確信「時間かかる」=米アトラン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『悪は存在しない』のあの20分間

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 5

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 6

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル…

  • 10

    「親ロシア派」フィツォ首相の銃撃犯は「親ロシア派…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中