最新記事
歴史

冷戦後の世界と、新しく過渡的だった平成という時代

2017年12月25日(月)18時45分
鈴村裕輔(法政大学社会学部兼任講師)※アステイオンより提供

2019年4月30日に今上天皇が退位し、平成という時代が終わることが決まった(2017年12月23日) Issei Kato-REUTERS

<2017年11月、論壇誌『アステイオン』の創刊30周年記念シンポジウムが行われ、世界にとっては冷戦後、日本にとっては平成がどのような時代であり、大きなテーマが何であったのかが話し合われた。2019年4月30日に平成が終わることが決まったが、昭和の終焉もまた、大きな「一つの時代の終わり」だった。当時小学校6年生で昭和の終焉を迎えた研究者がこの30年間を振り返る>

土曜日は家族揃って買い物に行く機会の多かったわが家は、その日の朝も当時住んでいた仙台市の中心街にある大型スーパーマーケットにいた。地下1階の食料品売り場で買い物を終えて階段を上ると心なしか曇りがちな空の合間から冬の日差しが8階建ての建物に注いでいた。

普段と何も変わらない土曜日の午前中の光景を変えたのは、いつもよりも少し寒い屋外の気温ではなく、新聞の号外を手にした人の「号外、号外です」という声と次々に配られる号外であった。

手を差し出すより先に配られた号外にはこれまで見たことがないほど大きな文字で「天皇陛下崩御」と書かれ、裕仁天皇の生前の写真と事績を伝える記事が書かれており、裏面には裕仁天皇の様々な写真も掲載されていた。そして、学習院初等科に在籍していたころに撮影された学習院長の乃木希典とともに相撲を取る写真を目にしたとき、小学校6年生であった私は「一つの時代が終わった」と感じた。1989年1月7日のことだった。

1986年に第1号が世に出た雑誌『アステイオン』の創刊30周年を記念して開かれたフォーラム「時代を論じて――鋭く感じ、柔らかく考える」では、第1部で五百旗頭真が基調講演を行った。論題は「冷戦後の世界と平成」だ。

言われてみれば何ということはないかもしれないものの、言われるまでは見逃してしまいがちなことの一つは、1989年12月のマルタ会談で米国大統領のジョージ・ブッシュとソ連共産党書記長のミハイル・ゴルバチョフが冷戦の終結を宣言したのが、平成という時代が始まって11か月後のことであるという点である。

第二次世界大戦中は連携していた米ソ両国が反目し、やがて世界の多くの国を率いて自由主義と共産主義の対立という形で角逐した冷戦は、幾度かの緊張の高まりと融和を経て、1980年代になると東側陣営の盟主であるソ連の劣勢が濃厚になってきた。さらに、ゴルバチョフの登場といわゆるペレストロイカの推進は明らかにソ連の変革を人々に印象付けたものの冷戦の終結までに要する時間は決して短くないと思われていた。

しかし、実際には冷戦の幕切れはあっけないといってよいほど突然に訪れたかのようであり、米ソ首脳の握手は1か月前に起きたベルリンの壁の崩壊とともに時代が大きな転換点を迎えたことをわれわれに告げることになった。

平成という新しい時代の始まりと冷戦の終結との間には、何の関係もないかもしれない。だが、この30年の間に日本の国内外で様々な出来事が起きたことは間違いない。日本国内に限っても、55年体制の終焉や政権交代の実現、バブル経済の隆盛と崩壊、「失われた20年」の到来、中間層の減少と所得格差の拡大の深刻化、あるいは少子高齢化の加速など、政治、経済、社会などの様々な面で変革が起きたこと。

さらに、国際社会に目を向ければ、冷戦の終結が象徴する資本主義の共産主義に対する勝利を民主主義の勝利と捉え、フランシス・フクヤマが社会制度の発展の終結と社会の平和、自由、安定の無期限の維持が実現するという「歴史の終焉」の理論を提唱したことは周知の通りである。その一方で、サミュエル・ハンチントンが著書『文明の衝突』の中で、冷戦後の現代世界においては文明間の対立が焦点となり、西欧文明、中国文明、イスラム文明、ヒンドゥー文明など8つの文明の間で半永久的に紛争が起きうる可能性を指摘したことも、広く知られるところだ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中