最新記事

BOOKS

2週間に1度起こっている「介護殺人」 真面目で普通の人たちが...

2017年12月18日(月)18時42分
印南敦史(作家、書評家)

ところで取材班は、「どうすれば、介護殺人の悲劇を防げるのか」という問いに対するヒントを求め、北海道の栗山町という小さな町を訪れている。この町には、「介護する人」に焦点を当てた、全国的にも珍しい取り組みを行っている地域があるというのだ。

在宅などで家族を無償で介護する人たちを「ケアラー」と呼び、支援を行っている。根底にあるのは、介護を受ける人だけでなく、「介護する人」をきちんと見ていくことが、介護を受ける人のケアをさらに高めるのではないかという発想だ。


「助けを求めることは、決して恥ではない。恥ずかしいことではないし、弱いことでもないと思います。私たちの活動が継続していけば、必ず心の中の訴えが聞こえてくると信じているし、結果的に介護殺人を妨げることになるんじゃないかなと私たちは思っているんです」
(205ページより。栗山町社会福祉協議会事務局長〔当時〕の吉田義人さんの言葉)

もちろん栗山町の取り組みはひとつの事例に過ぎず、それだけで解決できるとは言い切れない部分がある。しかしそれでも、周囲にいる人が介護者の異変に気付ければ、最悪の事態を避けられる可能性はあるだろう。

ただし厄介なのは、そこに少なからず「家族」の問題が絡んでくることだ。個人的には、兄に代わって介護を始めてから2カ月後、認知症になった母親の首を絞めて殺害した50代受刑者の言葉が忘れられない。


 私たちは最後に聞いた。
「なぜ自分が、介護を担わなければならないと思ったのですか」
 それまで途切れることなく話し続けていた弟は、しばし考え込んだ。
 そして一言だけ、絞り出すように言った。
「家族...だから...です」
 この一言に、これまでの思い、苦しみ、全てが込められているのではないかと感じた。
(32ページより)

ここからも推測できるとおり、問題は私たちの中に「家族のことは家族で解決しなければならない」というような価値観が刷り込まれていることだ。しかし著者も強調しているが、介護殺人が起きるのは「自己責任」では決してない。

そして忘れるべきでないのは、介護殺人は私たちにとっても決して「他人ごとではない」ということである。本書で過去を語る当事者たちが「ある日突然」介護しなければならなくなったのと同じように、私たちにもそうなる可能性がある。

だからこそ、「自分ごと」として受け止めなくてはならない。本書を読んで、強くそう感じた。


『「母親に、死んで欲しい」――介護殺人・当事者たちの告白』
 NHKスペシャル取材班 著
 新潮社

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダヴィンチ」「THE 21」などにも寄稿。新刊『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)をはじめ、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)など著作多数。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

エアバス、11月の納入数が減少 胴体パネル問題で

ワールド

台湾最大野党主席、中国版インスタの禁止措置は検閲と

ビジネス

ドイツ景気回復、来年も抑制 国際貿易が低迷=IW研

ワールド

台湾、中国の軍事活動に懸念表明 ロイター報道受け
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 7
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 8
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 9
    「ロシアは欧州との戦いに備えている」――プーチン発…
  • 10
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中