ホロコースト生存者とVRでリアルに対話
双方向の対話ができるのは、音声認識と自然言語処理システムのおかげ。アップルのパーソナルアシスタントSiri(シリ)がユーザーの質問に答えるのと同じ仕組みだ。解析不能な質問には「もう一度言ってもらえますか」などと反応する。質問に合った返答が見つからなければ、「とても良い質問ですが、私にはうまく答えられません」とお茶を濁す。
映像の制作には100台余りの高解像度カメラを使用。360度のアングルから証言者を撮影した。このプロジェクトの最初の証言者となったガターは「最も恐ろしい体験は?」「好きな映画は?」など、ざっと1900もの質問に答えた。質問に耳を傾けるように、黙ってじっとカメラを見つめる様子も撮影された。
話し手を身近に感じる
これまで学校などで行われてきたホロコーストの証言活動をいつでもどこでも行えるように、この技術を開発したと、NDTのコンセプトの生みの親ヘザー・マイオは語る。「(ガターらの元には)各地の学校から教室に来て生徒たちに話してほしいという依頼がひっきりなしに来る。体験者の話を聞くことは深い学びにつながるからだ」
マイオらはデジタル技術を介しても、体験者の証言はインパクトを持つと考えている。だが、対面での語りのような共感は引き出せないという見方もある。
テレビやゲーム、インターネットに費やす時間の増加が若年層の共感能力の低下をもたらしているといった議論は以前からあった。だがネット上でのコミュニケーションが人々の行動に及ぼす影響を調べているインディアナ大学の研究者セーラ・コンラスは、技術の利用に必ずしも否定的ではない。デジタル技術は「ツールであって、問題はどう使うか」だからだ。
シリアのアレッポの現状をバーチャル・リアリティー(VR)画像で見た人たちは、通常の画像を見た人より難民支援団体に寄付する確率が高いことを示した研究もあると、コンラスは言う。
ガターの証言の初期の試作版を見たコンラスは、対面で話を聞いたような印象を受けたという。「彼に好感を持ち、彼のことを知りたいと思った」
そこまで来れば、彼の体験を理解し、深く共感するところまではあと一歩だ。
NDTではこの技術を使って、これまでにホロコーストの生存者13人の映像を制作した。中国の南京大虐殺記念館でも、双方向展示のために大虐殺の生存者の証言映像を制作している。