最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く(ウガンダ編)

人間には仲間がいる──「国境なき医師団」を取材して

2017年10月12日(木)16時45分
いとうせいこう

特にウガンダで研究が進んでいるのはマラリア、HIV/エイズ、アフリカ睡眠病などで、最後のアフリカ睡眠病はサハラ以南のアフリカに多い風土病で、患者・医療者の負担を軽くする検査法と新薬の開発が課題だという。

少し枯れた声の、意志の強そうなマリリンによれば、そうした病を「顧みられない熱帯病 (neglected tropical diseases)」と呼ぶのだそうで、罹患するのが貧しい人であるケースがほとんどであるため製薬会社にうまみがなく、なかなか治療が進まないのだ。したがって確かな効果があり、安価でもある薬剤をどう作ってもらうかのロビイングもまた、MSFの大きな仕事のひとつなのである。

さらにくわしく言えば、もしそのような薬が手に入ったとしても、現地でそれを使うスタッフの技能と知識が問われており、少しでもそれが低いと薬本来の効果が出なくなる。ゆえにスタッフトレーニングが欠かせないのだそうだ。

もちろんマリリンたちエピセンターも他機関と連携して統計を行っており、医療調査のための資金調達も協力しあっているという。人道支援団体はそれぞれ、自分たち組織の強いところをつなげ、弱いところを補い合って苦難に陥った人々に手を差し伸べているのだ。彼ら自身が完全で強いわけではないのである。

ito1012d.jpg

マリリン博士と俺。

マリリン自身のことも俺たちは聞いてみた。

するともともとMSFに参加したのが1998年で、MSFがノーベル平和賞を取る前の年。数々の活動を経て、彼女マリリン医学博士は2003年エピセンターに移り、そこで薬剤耐性結核、髄膜炎、黄熱病などの研究をしながら、MSFがノーベル賞の賞金で設立した「必須医薬品キャンペーン(製薬会社に薬価の引き下げや新薬・診断ツールなどの開発を促す)」と共に活動を行ってきたのだそうだった。

と同時に、彼女たちは病気が蔓延する地域の人たちの啓蒙も行わねばならないという。なぜならば、例えばHIV/エイズもいまだに「悪魔の病気」と考えられて治療に考えが至らない場所があり、それは土地の宗教、伝統に埋没して漫然と死を待つことになってしまうからだ。

「それともうひとつ大事なのは」

マリリンはそう言った。

「MSFは数年から数十年という活動が多いでしょ。でもエピセンターはもっともっと長くデータを取っていかなければならない。だから次の世代をその場所で育てるのも大事。私もエンバラにある大学で教鞭を取って、ウガンダの学生たちにトレーニングをしているんです」 

その土地で自助が出来るようにすること。

それ自体はまさにMSFが常に掲げている方針だった。哲学を共にし、活動はそれぞれの専門分野で特化するというのがMSFとエピセンターのあり方なのだろう。

俺はマリリンの話を聞きながら、あらゆる適材適所があることに考えを及ばせていた。彼女は医学博士であり、教育者の風格があった。ユンベの宿舎では水と衛生を学んで企業を離れたファビアンが地域に安全な水を供給すべく力を注いでいた。ドライバーのウガンダ人ボサは長年MSFに勤めて組織を愛し、食料補給にまで気を遣っていたし、アメリカ人レベッカは特に女性の人権について今日も心を痛めながら諦めずに活動していた。

それはマニラのスラムでも、ギリシャの難民キャンプでも、ハイチの医療機関でも同じことだった。

会社を定年になってから、ずっと望んでいたMSFでロジスティック(資材供給・機材修理などなど)の役を担うことになったカールも、拷問で心身ともに痛めつけられた人々をなんとか癒そうとしていたシェリーも、私は聖人君子じゃないと言いながらスラムの人々にワクチンを届けようとしていた菊地寿加さんも、みな自分が出来ることを努力とともに行っていた。

生き甲斐のある人たちだった。

その分、満足はしていなかった。

世の不条理に下を向くことも出来たが、なぜかそれをしなかった。

おそらく仲間がいるからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ首都に無人機・ミサイル攻撃、7人死亡 エ

ビジネス

米ベスト・バイ、通期予想を上方修正 年末商戦堅調で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平合意「極めて近い」 詳細

ワールド

中国の米国産大豆の購入は「予定通り」─米財務長官=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    使っていたら変更を! 「使用頻度の高いパスワード」…
  • 10
    トランプの脅威から祖国を守るため、「環境派」の顔…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中