最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く(ウガンダ編)

家族でなかった者たちが作る家族──ウガンダの難民キャンプにて

2017年7月25日(火)17時15分
いとうせいこう

入院病棟へ

汗ばんだ表情で言葉少なに説明をしてくれるラシュールと写真を撮って彼の偉大な仕事を称え、元の外来診療所に戻ったのが9時半。

そこから今度はMSFがいまだに管理している入院病棟を訪問することにした。こちらは「ゾーン4」の中にあるそうで、移動に一時間ほどかかった。途中でよく見かけたのは土壁で出来た各戸の前に太陽光パネルが立て掛けられているような光景で、それは住人の消費電力量ならばそれで十分なのかもしれなかった。前近代的な家の前の、近未来的な自然エネルギー技術という組み合わせはひとつの希望を俺に与えた。

入院病棟は左右ふたつの建物(もちろん木材と遮光の布で出来ている。まるでそれがアフリカの一部の伝統であるかのように)に分かれ、その間の廊下の奥にさらに建物があるという、どこか美学がありそうな形式で作られていた。

妊産婦ケアが中心だということで、感染症やマラリア、HIVへの対応もしているし、産後すぐのお母さんたちがベッドで休んでいる姿も見た。その中に乳幼児を抱いた若い女性がいて、すぐ横のベッドにはもっと若い、おそらく10代だろう女の子が二人、腰をかけて静かに話しかけていた。

その二人の女の子のうち、''ビッキー・ジョジョはきれいな発音の英語を話すので、ふとした挨拶から始まって彼女を通訳としたインタビューになった。子供を抱いているのは26才のスーザン・ジュルさん'''で、つい数日前に赤ん坊が生まれたのだそうだった。しかし、どこからいらしたんですか?と質問すると、スーザンさんの顔から微笑が消えてしまった。

「南スーダンからです」

リールという土地から徒歩で国境を越えたスーザンさんは、お腹に子供がいる状態で他の3人の子供を連れて来たのだそうだ。

俺たちには聞かねばいけないことがあった。

「どうして逃げていらしたんですか?」

まだ訳されないうちに、あたりに沈黙が漂った。そのすぐあと、ビッキーが小さく笑った。訳しにくいことを言われてしまったというとまどいと、俺たちに罪悪感を与えたくないという気配りがわかった。

ビッキーがスーザンさんに翻訳し、もはや表情を変えないスーザンさんが淡々と答えるのをビッキーが俺たちに伝えた。ビッキーは言葉を伝える間にもスーザンさんの顔をじっと見ていた。

銃撃を受けたそうだった。激しい銃撃を。

そこで兄弟姉妹は殺された。

埋葬も出来ないまま、彼女は逃亡した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

金総書記、プーチン氏に新年メッセージ 朝ロ同盟を称

ワールド

タイとカンボジアが停戦で合意、72時間 紛争再燃に

ワールド

アングル:求人詐欺で戦場へ、ロシアの戦争に駆り出さ

ワールド

ロシアがキーウを大規模攻撃=ウクライナ当局
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 9
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 10
    【クイズ】世界で最も1人当たりの「ワイン消費量」が…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中