最新記事

アメリカ

トランプでも変わらない、アメリカの強固な二大政党制

2017年6月29日(木)18時20分
岡山 裕(慶應義塾大学教授)※アステイオン86より転載

 後から振り返れば、二〇一六年選挙における支持政党への忠誠の高さは、それまでの有権者の動向からいって不思議でない。アメリカでは、二〇世紀半ばには二大政党がいずれも中道的だったのが、一九七〇年代以降徐々に二大政党の分極化が進んでおり、今日では連邦議会における議員の投票行動で見ると、両党の間にイデオロギー的な重なりがほぼなくなっているとされる。有権者ではそこまでの変化は起きていないものの、支持政党による考え方の違いが顕著になりつつあり、約三割いるとみられる無党派層の多くも実際には一方の政党に肩入れしていると考えられている。

 しかも、今日の政党支持は対立党派への反感を基礎に持つ点が特徴的である。二〇一六年六月にピュー研究所が発表した報告書では、政党支持を持つ者の多くが、対立する政党とその支持者に否定的な感情を持ち、自らとは相容れない存在と捉えているのが明らかになっている。そのため、今日多くの有権者にとって、対立政党の候補者への投票は現実的な選択肢ではなくなっている。今回の選挙ではトランプ支持者の「怒り」に注目が集まったが、実のところ敵意に基づいて行動していたのは彼らに限られなかったのである。

 以上の検討から、この選挙のからくりが見えてこよう。今日の二大政党は、選挙に際して第一にそれぞれの支持基盤を構成する有権者を徹底的に動員しようとする。昨年も、共和党の組織はトランプを含む共和党候補の当選を目指して支持層の動員に奔走した。とはいえ、それだけでは全国的な拮抗状況下で決め手を欠く。勝敗を分けるのは、大統領候補が自党の支持基盤以外に、浮動層や普段あまり投票に行かない人々等からまとまった規模の集団を動員できるかなのである。アメリカでは、大統領選挙でも投票率が六割に達するかどうかと低いため、小規模であっても独自の支持層を動員できれば大きな強みとなる。

 この点で、今回の選挙はその前二回の選挙と似ている。二〇一六年にはトランプが白人ブルーカラーを、二〇〇八年と二〇一二年にはオバマが黒人や若者をそれぞれ動員したのが決定打になった以外は、それぞれ所属政党の支持基盤に支えられていたのである。トランプの得票が彼個人の人気によるものとばかり言いがたいのは、このためである。保守思想史家のジョージ・ナッシュが、トランプ支持者を「熱烈な支持者」とそれ以外の「説得可能な支持者」に分け、後者の貢献を強調しているのも同様の趣旨からであろう。(「乱気流のトランプ時代」、『朝日新聞』二〇一七年二月八日付)

 トランプは、有権者の敵愾心を煽る等のポピュリズム的な政治手法を使ったかもしれないが、その勝利は多分に共和党という主要政党の組織的支援があってのことだったのを見落とすべきでない。この点は、右派のポピュリストが独自の政党を構成しているヨーロッパと比較する際、念頭に置く必要があるといえよう。

【参考記事】ニューストピックス:トランプのアメリカ

岡山 裕(Hiroshi Okayama)
慶應義塾大学教授
1972年生まれ。東京大学法学部卒業。博士(法学)。東京大学助手、助教授等を経て現職。専門はアメリカ政治・政治史。主な著書に『アメリカ二大政党制の確立』(東京大学出版会)、論文"The Interstate Commerce Commission and the Genesis of America's Judicialized Administrative State"(Journal of the Gilded Age and Progressive Era , 2016)など。

※当記事は「アステイオン86」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg




『アステイオン86』
 特集「権力としての民意」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

FIFAがトランプ氏に「平和賞」、紛争解決の主張に

ワールド

EUとG7、ロ産原油の海上輸送禁止を検討 価格上限

ワールド

欧州「文明消滅の危機」、 EUは反民主的 トランプ

ワールド

米中が閣僚級電話会談、貿易戦争緩和への取り組み協議
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 5
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 6
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 7
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 8
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 9
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 10
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中