トランプでも変わらない、アメリカの強固な二大政党制
後から振り返れば、二〇一六年選挙における支持政党への忠誠の高さは、それまでの有権者の動向からいって不思議でない。アメリカでは、二〇世紀半ばには二大政党がいずれも中道的だったのが、一九七〇年代以降徐々に二大政党の分極化が進んでおり、今日では連邦議会における議員の投票行動で見ると、両党の間にイデオロギー的な重なりがほぼなくなっているとされる。有権者ではそこまでの変化は起きていないものの、支持政党による考え方の違いが顕著になりつつあり、約三割いるとみられる無党派層の多くも実際には一方の政党に肩入れしていると考えられている。
しかも、今日の政党支持は対立党派への反感を基礎に持つ点が特徴的である。二〇一六年六月にピュー研究所が発表した報告書では、政党支持を持つ者の多くが、対立する政党とその支持者に否定的な感情を持ち、自らとは相容れない存在と捉えているのが明らかになっている。そのため、今日多くの有権者にとって、対立政党の候補者への投票は現実的な選択肢ではなくなっている。今回の選挙ではトランプ支持者の「怒り」に注目が集まったが、実のところ敵意に基づいて行動していたのは彼らに限られなかったのである。
以上の検討から、この選挙のからくりが見えてこよう。今日の二大政党は、選挙に際して第一にそれぞれの支持基盤を構成する有権者を徹底的に動員しようとする。昨年も、共和党の組織はトランプを含む共和党候補の当選を目指して支持層の動員に奔走した。とはいえ、それだけでは全国的な拮抗状況下で決め手を欠く。勝敗を分けるのは、大統領候補が自党の支持基盤以外に、浮動層や普段あまり投票に行かない人々等からまとまった規模の集団を動員できるかなのである。アメリカでは、大統領選挙でも投票率が六割に達するかどうかと低いため、小規模であっても独自の支持層を動員できれば大きな強みとなる。
この点で、今回の選挙はその前二回の選挙と似ている。二〇一六年にはトランプが白人ブルーカラーを、二〇〇八年と二〇一二年にはオバマが黒人や若者をそれぞれ動員したのが決定打になった以外は、それぞれ所属政党の支持基盤に支えられていたのである。トランプの得票が彼個人の人気によるものとばかり言いがたいのは、このためである。保守思想史家のジョージ・ナッシュが、トランプ支持者を「熱烈な支持者」とそれ以外の「説得可能な支持者」に分け、後者の貢献を強調しているのも同様の趣旨からであろう。(「乱気流のトランプ時代」、『朝日新聞』二〇一七年二月八日付)
トランプは、有権者の敵愾心を煽る等のポピュリズム的な政治手法を使ったかもしれないが、その勝利は多分に共和党という主要政党の組織的支援があってのことだったのを見落とすべきでない。この点は、右派のポピュリストが独自の政党を構成しているヨーロッパと比較する際、念頭に置く必要があるといえよう。
【参考記事】ニューストピックス:トランプのアメリカ
岡山 裕(Hiroshi Okayama)
慶應義塾大学教授
1972年生まれ。東京大学法学部卒業。博士(法学)。東京大学助手、助教授等を経て現職。専門はアメリカ政治・政治史。主な著書に『アメリカ二大政党制の確立』(東京大学出版会)、論文"The Interstate Commerce Commission and the Genesis of America's Judicialized Administrative State"(Journal of the Gilded Age and Progressive Era , 2016)など。
『アステイオン86』
特集「権力としての民意」
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