最新記事

欧州

国民投票を武器に跳躍するヨーロッパのポピュリズム政党

2017年6月28日(水)11時06分
水島治郎(千葉大学法政経学部教授)※アステイオン86より転載

 二〇世紀末以降、この国民投票の制度を積極的に活用してスイス政治の表舞台に躍り出たのが、ポピュリズム系の政党・団体である。まず一九八六年に設立された民間団体のAUNS(「スイスの独立と中立のための行動」)は、スイスの独自性の保持を掲げ、EUや国連などあらゆる国際組織への加盟を拒否する強い姿勢を打ち出し、社会各層から支持を得て数万人の会員を集める。そして一九九二年、EEA(欧州経済領域)加盟をめぐる国民投票で加盟反対の運動を大規模に展開し、五〇・三%の反対票で否決に追い込むことに成功した。以後も国連平和維持活動への参加をめぐる国民投票、EU加盟交渉をめぐる国民投票でもAUNSは勝利を収める。主要政党の大半が賛成する重要政策に、正面から否を突きつけたのである。

 しかもこのAUNSの隆盛と軌を一にして存在感を高めてきたのが、国民党である。もともと穏健保守政党として地味な存在だった国民党は、AUNSのリーダーで急進派のクリストフ・ブロッハーが党を掌握した一九九〇年代以降、急速にポピュリズム色を強め、右派ポピュリズム政党として「再生」を果たす。そして既成政治を批判する一方、AUNSと足並みをそろえてEUや国際組織への加盟に反対し、イスラム移民の排除を訴える。そしてメディア戦略を駆使しつつ、これらの主張を有権者に広く訴える方法を採り、支持を拡大する。かつて国政第四党に甘んじていた国民党は、ついに二〇〇三年の総選挙で第一党にのぼりつめた。その勢いは今も継続している。

 ここで国民党が武器としたのが、やはり国民投票である。ミナレット(イスラム寺院の尖塔)の禁止、一定の犯罪を犯した外国人の自動的な国外追放処分の導入、外国人の流入制限を目的とした割当制の導入など、国民党(あるいは国民党議員)の主導する国民発案は、いずれも国民投票に付され可決された。特に、イスラムを狙い撃ちにしたミナレット禁止は物議をかもしたが、賛成派の国民党議員は、イスラムをスイスの世俗的な法秩序と相いれない危険な存在と位置づけ、ミナレットの阻止によってスイスのリベラルな伝統と価値を守ることを訴えた。これには主要政党や主要団体、人権団体、教会などが声をそろえて反対したが、反対運動は広がりを欠いた。最終的な投票結果は、ほとんどのカントンで賛成票が反対票を上回る、賛成派の圧勝に終わったのである。

 このように近年のスイスでは、国民党や関連団体が国民投票を活用しつつ、従来のスイス政治を彩ってきた政治エリートの協力関係(いわゆる「協調民主主義」)に否を突きつけている。しかもそこで特徴的なことは、それまで成功率の低かった「国民発案」をいくつも成功させていることである(もちろん失敗例もある)。そもそも既存の政党や団体、内閣をバイパスして「民意」を直接立法へと落とし込む国民発案においては、通常の立法手続きでは到底実現不可能と思われる不寛容な規定であっても、「民意」というお墨付きを与えられ、原則的に議会や内閣の関与を経ずに制定されることが可能なのである。

 スイスに関する言説の中には、永世中立と並び国民投票を称賛するものが多く、「純粋民主主義」の母国として、スイスを理想化する主張も目につく。しかし近年は、ポピュリズム系の政党や運動が、既存の政治経済エリートに対抗し、排外主義的な「民意」を突きつける場として国民投票が積極的に活用されている。日本でイメージされているスイスの「真の民主主義」とは、かなりのずれがあるといえるだろう。

【参考記事】一般人に大切な決断を託す国民投票はこんなに危険

水島治郎(Jiro Mizushima)
千葉大学法政経学部教授
1967年生まれ。東京大学教養学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。甲南大学助教授、千葉大学法経学部教授などを経て、現職。専攻はオランダ政治史、ヨーロッパ政治史、比較政治。著書に『戦後オランダの政治構造』(東京大学出版会)、『反転する福祉国家』(岩波書店、第15回損保ジャパン記念財団賞受賞)、『保守の比較政治学』(編書、岩波書店)、『ポピュリズムとは何か』(中公新書)など。

※当記事は「アステイオン86」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg




『アステイオン86』
 特集「権力としての民意」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ロシア失業率、5月は過去最低の2.2% 予想下回る

ビジネス

日鉄、劣後ローンで8000億円調達 買収のつなぎ融

ビジネス

米の平均実効関税率21%、4月初旬の半分以下 海運

ワールド

マクロスコープ:防衛予算2%目標、今年度「達成」か
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索隊が発見した「衝撃の痕跡」
  • 3
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 4
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 5
    米軍が「米本土への前例なき脅威」と呼ぶ中国「ロケ…
  • 6
    熱中症対策の決定打が、どうして日本では普及しない…
  • 7
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 10
    「22歳のド素人」がテロ対策トップに...アメリカが「…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    韓国が「養子輸出大国だった」という不都合すぎる事…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中