最新記事

インタビュー

難民社会の成功モデル? チベット亡命政府トップ単独インタビュー

2017年2月24日(金)15時25分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

亡命政府が民主的な運営に成功した理由

中国との交渉に進展は見られないが、亡命チベット人社会は数ある難民社会の中でも首席大臣選挙を行うなど民主的な制度を持ち、異色の存在感を示している。

中央チベット政権はインド・ダラムサラに本拠を置くが、昨年の首席大臣選挙では同地に住むチベット人だけではなく、インド各地の入植地、日本を含む世界各地の拠点でも投票が行われた。行政の透明性も高く評価されており、難民社会のモデルケースといっても過言ではない。どうして、このような体制を構築することができたのだろうか。

◇ ◇ ◇

センゲ大臣:
「当初からダライ・ラマ法王はチベット難民の団結と組織化というビジョンを持っていました。もちろん当初は海外からの支援で運営されていましたが、後に自分たちの政府を作ることができました。だから、今では自らの学校も運営できているのです。私自身、こうしたチベット人学校で学びました。

また、亡命チベット人たちはチベット独自の宗教や文化を保持するために僧院を再建しました。インドにある亡命チベット人の入植地は中央チベット政権の内務省によって統括されており、世界各国に大使館の役割を果たす事務所も東京を含め13カ所にあります。

チベット人は当初から自らの文化を守る必要性を感じていました。(外国の援助ではなく)自分たちの力で守らなければなりません。子供たちの教育も、病院やチベット医術のクリニックもそうです。中央チベット政権の財務省は亡命チベット人社会の金融専門家によって運営されています。

(亡命チベット人社会には)こうした基盤があります。この基盤が整うにつれ、法王が当初からおっしゃっていた「民主的な運営」という言葉が実現されるようになりました」

チベット亡命政府における「政教分離」

センゲ大臣:
「民主的なだけではありません。1963年に起草された中央チベット政権の憲章にはダライ・ラマ法王すらも弾劾できる条項があります。祖国を失った我々にとって法王は特別な存在で、弾劾するなど考えられないことです。それは宗教的な罪ですらあります。しかし法王は「もし議会がダライ・ラマを弾劾する必要がある時、この条項は必要になる」とおっしゃったのです。

法王はその決断に多くの批判や反対があっても、政教分離を貫かなければならないと言明し、自ら権力を移譲してこられました。世界には6000万もの難民がいますが、中央チベット政権はもっともよく組織されたものと言えるでしょう。

(組織的な運営が実現した理由は)心構えにあります。我々は政治的理由で難民になりましたが、他の人々と変わらぬ勤勉な人間です。一生懸命働くことも、他の人々より効率的に活動することもできるのです。

さまざまな援助団体が中央チベット政権の取り組みに多大な関心を持っていますし、欧州の政府関係者からは世界各地の難民のモデルにしたいとの言葉もいただきました。

たとえば、援助の効率性です。何百万ドルもの予算があっても、コンサルタントやNGOが中間に入ることで、難民にたどりつく頃には相当の額が失われているのはよくある話です。しかし我々は違います。中央チベット政権の場合、援助予算に占める行政経費の割合は7~12%にとどまっています。約90%が実際のプロジェクトに投じられているのです。これは中央チベット政権がもっとも適切に運営された民主的組織であることを示すものであり、私たちの誇りです。

中央チベット政権のスタッフは自らの職務を社会奉仕だと考えています。こうした価値観は(元々あったものではなく、後から)形成されたものです。東日本大震災後に日本で社会奉仕の機運が高まったことと同じです。

私がかつてハーバード大学の法科大学院に勤めていたことをご存知でしょうか。今、中央チベット政権から支給される月給は400ドルです。つまり、米国から戻って私の給料は一気に下がりました(笑)。

私だけではありません。同僚の多くが欧米からの帰国組です。(自らの待遇を犠牲にした)社会奉仕は亡命社会全体に民主主義的価値観がなければ続かないものです」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米経済、26年第1四半期までに3─4%成長に回復へ

ビジネス

米民間企業、10月は週1.1万人超の雇用削減=AD

ワールド

米軍、南米に最新鋭空母を配備 ベネズエラとの緊張高

ワールド

トルコ軍用輸送機、ジョージアで墜落 乗員約20人の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ギザのピラミッドにあると言われていた「失われた入口」がついに発見!? 中には一体何が?
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    コロンビアに出現した「謎の球体」はUFOか? 地球外…
  • 7
    「流石にそっくり」...マイケル・ジャクソンを「実の…
  • 8
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 9
    【銘柄】エヌビディアとの提携発表で株価が急騰...か…
  • 10
    【クイズ】韓国でGoogleマップが機能しない「意外な…
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中