最新記事

インタビュー

難民社会の成功モデル? チベット亡命政府トップ単独インタビュー

2017年2月24日(金)15時25分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

「子供たちに2つの翼を」の教育制度

1959年のチベット蜂起とダライ・ラマ14世の亡命から、すでに半世紀以上の年月が過ぎた。チベットに一度も足を踏み入れたことのない亡命チベット人も2世、3世として誕生しているが、彼らはチベット人としてのアイデンティティを保持できているのだろうか。

◇ ◇ ◇

センゲ大臣:
「チベット難民は小学校までチベット語で教育します。母語になじませるためです。英語は一言も使いません。すべてチベット語です。7歳から8歳までの子供たちはチベット語で数学、社会などを学ぶのです。

そして中学校に進学すると今度は英語で学びます。我々は子供たちに2つの翼を与えて育てたいのです。伝統と近代、チベット語と英語。しかし、もっとも重要なのは伝統的価値観と現代社会への適応力です。

これは世界各地の難民社会にとってもいいモデルになると思います。なぜならみんな自分のアイデンティティを守っていかなければならないですからね。現代社会への適応力や専門性があれば、社会のためにより力を発揮することができます。ただし土台となる価値観が一番重要です。チベットの自由を取り戻すのは長い道のりですから」

「アイデンティティと市民権は無関係」

センゲ大臣自身が難民社会の2世代目だ。1世と比べると、2世の難民はインドの市民権取得や現地同化を考える傾向が強いという。亡命生活が長期化する中でのアイデンティティ危機、ジェネレーションギャップについて聞いた。

◇ ◇ ◇

センゲ大臣:
「市民権やパスポートにはもちろん法的拘束力がありますが、日常生活や旅行に便利な一枚の紙にすぎません。究極的には考え方の問題です。自分がチベット人と信じていて、チベット人やチベットの大義のために何か行うなら、それでいいのです。日本にいるチベット人だろうが、欧州のチベット人、アメリカのチベット人、誰でもいいのですが、市民権が必要ならばとればいい。

この議論は古くから続いています。チベット人としてのアイデンティティを持つには法的にもチベット人でなければならないと考えられていましたし、チベット人がアメリカや欧州に行くことへの異論もありました。

しかし、データを見る限り、日本のチベット人も、欧州のチベット人も、アメリカのチベット人も、インドにいる亡命チベット人と同じように努力し、チベットの運動のために貢献しています。したがって、この問題は解決しています」

◇ ◇ ◇

欧州での難民危機が注目を集めるなか、多文化共生に懐疑的な意見が勢いを増している。半世紀以上にわたり難民生活が続く亡命チベット人社会にとって、民族のアイデンティティを保つことと現地社会に融和することの双方をいかに調和させるかは大きな課題となってきた。

昨年、日本国籍を取得した亡命チベット人の西蔵ツワンさんに話を聞いたが、医師として日本の地域社会に貢献する一方で、チベット人としての熱い思いを忘れていない姿が印象的だった。

【参考記事】埼玉の小さな町にダライ・ラマがやってきた理由

アイデンティティと現地との融和、その均衡点を探ることは困難な課題ではあるが、実現不可能な話ではない。センゲ大臣のインタビューから改めてこの問題を考えさせられた。

※センゲ大臣インタビュー・後編:難民を敵視するトランプ時代を、亡命チベット人はどう見ているか

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インドGDP、7─9月期は前年同期比8.2%増 予

ワールド

今年の台湾GDP、15年ぶりの高成長に AI需要急

ビジネス

伊第3四半期GDP改定値、0.1%増に上方修正 輸

ビジネス

独失業者数、11月は前月比1000人増 予想下回る
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    エプスタイン事件をどうしても隠蔽したいトランプを…
  • 8
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 9
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 10
    バイデンと同じ「戦犯」扱い...トランプの「バラ色の…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中