最新記事

BOOKS

部下を潰しながら出世する「クラッシャー上司」の実態

2017年2月13日(月)20時40分
印南敦史(作家、書評家)

とはいっても、それらの程度には濃淡があり、当然ながら部下の潰し方もそれぞれ異なる。そして、その事例として本書ではいくつかのタイプのクラッシャーを挙げている。まず紹介される「クラッシャーA」は、まったく悪意はないものの、共感性(部下がどれだけ辛い思いをしているかを認識する能力)の低い上司。基本的に悪人ではないものの、配慮に欠けるということだ。

次に登場するのは、他者への共感性がないに等しい「クラッシャーB」。仕事に完璧主義という以上のこだわりがあり、それを善だと信じて疑わないタイプ。よって自分と同じ能力を部下にも強要したりする。しかも感情を一切出すことなく、長時間にわたってねちねちと雪隠詰めにするため、部下をメンタル不全に追いやってしまうというのである。このタイプに決定的に欠けているのは、部下のがんばりや成果を認め、評価して「褒める」力だと著者は分析する。

なお、自分の行いは善であると確信しつつも共感性が欠如したクラッシャーAおよびクラッシャーBとは異なるのが「クラッシャーC」。このタイプは善という確信こそ持っているものの、その度合いは低く、他者への共感性が決定的に足りないというのだ。だから、悪意が感じられるのだという。要は"薄っぺらな悪いやつ"だが、仕事の要領はよく、立ち回りがうまい。だからスルスルと出世し、手にした権力でまた薄っぺらな悪事を働くというわけである。

第二章では彼らの生い立ちを振り返りながら、その精神構造がどうやってつくられていったのかが検証されている。もちろん、クラッシャー上司にはこの3パターンしかないというわけでもないだろう。しかし、その傾向をつかむためにはとても役に立つのではないかと感じる。

また、さらに注目すべきは、クラッシャーを生む企業社会の側に、「滅私奉公することが善である」という旧来的な価値観が残っているという視点だ。会社のため、仕事のため、といったお題目のもとに過重労働を続けた結果、バランスが崩れて家庭が崩壊してしまうというのだ。

その好例が、モーレツ社員として、部下に共感することなく、パワハラをしながら強引に働いてきた結果、妻と子どもから見放されて「うつ」になってしまった人(「クラッシャーD」として紹介されている)のケースだ。彼の事例を知ったとき、著者は山田太一脚本の名作ドラマ『岸辺のアルバム』を連想したという。


 クラッシャーDの事例で私が『岸辺のアルバム』を連想したのは、杉浦直樹演ずる田島謙作の鈍感さが相当なものだったからだ。
 会社のため、仕事のため、都内に購入した一軒家のローン返済と子供の教育費のため、という「お題目」で、家族一人ひとりの中で起きている危機にまったく気づかない。妻の不倫についても、息子の繁から言われて晴天の霹靂といった状態だ。
 そして結局、その鈍感さが謙作からすべてを奪う。天罰のように、それまでの生き方が否定されていく。(143ページより)

『岸辺のアルバム』はいまから40年も前のドラマだが、会社のため、仕事のために家庭を顧みない夫はいまでも多いと著者は指摘する。物理的に崩壊していなくても、世間に見せている平和な家庭像は偽りで、子どもが不登校や非行、妻がうつ病やアルコール依存症などになっていることも多いということだ。

【参考記事】新卒採用で人生が決まる、日本は「希望格差」の国

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米上院通過の税制・歳出法案、戦略石油備蓄の補充予算

ビジネス

物言う株主、世界的な不確実性に直面し上半期の要求件

ワールド

情報BOX:日米関税交渉の経緯、協議重ねても合意見

ワールド

豪小売売上高、5月は前月比0.2%増 予想下回る
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中