最新記事

日本

「ガイジン専用」という「おもてなし」

2017年1月27日(金)15時09分
田所昌幸(慶應義塾大学法学部教授)※アステイオン85より転載

 しかしもっと不思議なのは、FFに「ご案内」する「ガイジン」をどうやって見分けるのかということである。例えば私が三月から住んでいるカナダでは、非常に多民族化が進んでいて、日本人がぼんやりと「カナダ人」というイメージから想像するヨーロッパ系の白人以外のカナダ人も非常に多く、ざっと統計を見たところでは全人口の二五%程度に達する。さらに、多文化主義的な環境で世代を重ねるうちに人種間の結婚によって生まれた世代も増えるだろうから、そもそも人種のカテゴリーで截然と区別できない人々も少なくない。つまり、カナダ人と外国人を外見で区別することなど全く不可能で、こんな国で京都駅にあったような制度を作れば、よくて冗談、悪くすると人種差別と受け取られるだろう。これはカナダに限ったことではなく、欧米のいわゆる先進国では一様に多民族化が進んでいて、例えばイギリス人のうちアジア系(インドなど南アジア系が多い)やアフリカ系の人々が一割程度占めているが、ロンドンではその比率はほぼ半数に達している。ロンドンには外国人も多数住んでいるので、実際に行ってみると、「イギリス人らしいイギリス人」は随分少数派だ。アメリカでも近い将来白人は少数派になるとすら言われているのである。

 日本でも、二〇一五年末現在の日本の中長期の在留外国人は二二三万人で、その内訳は中国人が約三割で韓国人が約二割である。それに加えて観光などの目的で訪日する外国人は、ここ数年で急速に増えて、二〇一五年にはほぼ二〇〇〇万人に達している。つまりすでに日本にいる人々の数%は外国人であり、京都のような観光地はもちろん都市部ではその比率はそれよりずっと高いはずである。

 日本の制度は日本人はすべて日本語が母語で、外国人は日本語が話せないという前提になっている。そもそもそれが間違いである。当日の私の連れは、タクシーで目的地を的確に言うのには何も困らないだろう。中長期に日本に在留する外国人の中には、日本生まれで日本語が母語の在日コリアンの人々もいる。逆に日本人との婚姻によって日本国籍を取得した外国出身者の中には、日本語が流ちょうとはいかない人もいるだろう。

 大体外観だけで、日本語の能力なんか判るわけはないではないか。タクシーのドライバーは微妙に見分けられると言っていたが、日本人と中国人や韓国人を外観で確実に見分けることなど、少なくとも私には全く不可能である。たとえば韓国の金浦空港の入国管理の列で、日本人と韓国人の列を見比べて、両者を区別することなど、私には全く不可能である。逆に、例えばオリンピックで日本を代表したベイカー茉秋選手やケンブリッジ飛鳥選手が京都駅でタクシーに乗ろうとすると、ガイジン専用乗り場に行けと言われるのだろうか。

 しかも北朝鮮のような鎖国政策でもやるか、日本など誰も行きたくないと思うほど日本が落ちぶれでもしない限り、日本領域内に住んだり滞在したりする外国人が減ることはまず考えられない。つまりこの社会でも電車やタクシーに乗りレストランで食事をする人には、日本語の流ちょうな外国人もいれば、日本語が母語ではない日本人もいるのが、ありふれたことになりつつあるのである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

デンマーク、女性も徴兵対象に 安全保障懸念高まり防

ワールド

米上院可決の税制・歳出法案は再生エネに逆風、消費者

ワールド

HSBC、来年までの金価格予想引き上げ リスク増と

ビジネス

焦点:税収増も給付財源得られず、頼みは「土台増」 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中