最新記事

日本

「ガイジン専用」という「おもてなし」

2017年1月27日(金)15時09分
田所昌幸(慶應義塾大学法学部教授)※アステイオン85より転載

 なら社会の制度もこういった前提で設計せねばなるまい。必要なことは、「ガイジン」専用の制度で隔離して「おもてなし」することではない。外国語による支援は必要だし、逆に現場で外国語対応に苦労している日本語話者への支援も必要だ。交通機関では英語や中国韓国語表示が相当進んだ。車内放送も気がついてみると、日本語とともに英語放送もあったりする。医療や司法それに行政の現場では、もっとやるべきこともたくさんある。だが、必要もないのに「ガイジン」を隔離して「おもてなし」するのは、単純にばかげている。

 また日本人ですら戸惑うような複雑な制度を、外国人にも了解しやすいように簡素化するよう見直すのは、他ならぬ日本人に利益になるだろう。どの国にも独自の制度はあるものだし、日本規格に優れているものもある。例えばレストランやタクシーの支払いでチップが期待されないのは誇るべき透明な制度である。でも例えば自治体ごとに異なる複雑なゴミ出しのルールなどは、私ですら理解が難しく高齢者などにも辛そうなくらいだから、新たに日本に住んだり滞在したりする外国人にはルールを守ろうという意図があっても超難関に違いない。いろいろな書類に、文房具屋に行けば誰でも買える三文判をおさないといけないのも意味不明だし、判子をもっていない外国人はどうするのだろう。

 日本語という制度も、外国人に不便だという理由だけで変える必要はないし、そんなことは不可能だ。日本の住人が日本語という制度の下で生活するのは当たり前のことで、海外では私も含めて多くの日本人が外国語で四苦八苦している。外国語のできるタクシーのドライバーを養成することはいいことかもしれないが、唯でさえ外国語の苦手な日本人が多くの外国語に対応することなど不可能だし、外国語対応にコストがかかる以上、それをだれがどのように負担するべきかという問題も避けて通れない。でもタクシーで行き先を伝えたり、レストランで注文をするといったことくらいなら、タブレット端末、携帯、インターネットによる翻訳サービスで対応した方が、よほど低コストで双方にとってよいのではないだろうか。この程度の知恵は、制度を設計する関係者が、言葉のわからない外国に旅行して苦労すればすぐに出てくるだろう。

 そんなことを考えながら、翌日電車で大阪に向かった。昔大学に通うのに毎日のように乗ったとある私鉄では、特急・通勤特急・快速急行・急行・通勤急行・準急と列車種別の分類が飛躍的に細かくなっていただけではなく、終日女性専用の車両があった。女性専用車両があるのなら男性専用車両もなければ不合理ではないか、と私は常々思っているが、日本語の読めない外国人が乗ってきたらどうなるのか、LGBTの人はどうするのか。そんなことが頭をよぎった。

【参考記事】日本に観光に来た外国人がどこで何をしているか、ビッグデータが明かします

(1) http://www.city.kyoto.lg.jp/sankan/page/0000203180.html
(2) http://wwwtb.mlit.go.jp/kinki/press/files/1464754903.pdf

田所昌幸(Masayuki Tadokoro)
1956年生まれ。京都大学大学院法学研究科中退。姫路獨協大学法学部教授、防衛大学校教授などを経て現職。専門は国際政治学。著書に『「アメリカ」を超えたドル』(中央公論新社、サントリー学芸賞)、『ロイヤル・ネイヴィーとパクス・ブリタニカ』(編著、有斐閣)など。


※当記事は「アステイオン85」からの転載記事です。

asteionlogo200.jpg






『アステイオン85』
 特集「科学論の挑戦」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米上院でパレスチナ国家承認求める初の決議案、民主党

ビジネス

日経平均は500円安 日銀ETF売却が利益確定の口

ワールド

パナマ、LPGパイプライン事業者選考の入札手続き開

ビジネス

日銀、保有ETFの売却開始を決定 簿価で年3300
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 8
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 9
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 10
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中