最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く

リゾート地の難民キャンプに至るまで──ギリシャ、レスボス島

2016年12月5日(月)16時45分
いとうせいこう

行ってみるしかない

 十時半、いずれにしてもいったんMSFのオフィスに向かってみることになった。

 すぐにタクシーを呼んでもらい、十数分後俺たちはニコラスのいたホテルをあとにした。

 ほど近い、城のふもとの小さな村でいったん車を止め、谷口さんは銀行で金をおろした。まさかタクシーで往復二時間半以上を移動するとは思っていなかったからだ。郵便局みたいな感じの銀行のそばでうろうろしていると、土地を離れたことのなさそうなおじいさんたちが好奇心を抑えながらこちらを見るのがわかった。ギリシャの田舎そのものという場所に、いきなり異国から難民が数万人やって来た時、彼らはどう反応したのだろうかと思った。

1205itou3.jpg

村と城。まるでドラクエの世界だ。ここに難民が押し寄せた。

 ただ、おじいさんたちは露骨に俺を見るわけではなく、そこにある上品さがあるのが感じられた。考えてみれば、彼らは大昔から海の向こうから来る者と交流しているはずだった。歴史が彼らを鍛えているのかもしれなかった。

 村からは、岩と褐色の土で出来た岡の横を通り、オリーブ畑を通り、小山を越えてひたすら南へ移動した。途中の町の角に青年がいるので道を聞くのかと思いきや、何か小さな袋をドライバーのおじさんは受け取った。

 「速達だよ」

 とドライバーは言った。せっかく港町に行くので運搬を頼まれているのだった。

 タクシーはそこからカッローニという大きめの町を目指した。山を行くと松林で道路が松かさだらけだった。オリーブが点々と生える向こうに白馬がいた。奇妙な夢のようだった。

 ようやくカッローニに着くと、今度はドライバーが交代した。やはり道角に息子さんが待っていて、そこからは彼の出番だった。

 英語で自分たちは『国境なき医師団』でここへ来たと息子さんに言うと、すぐに意味がわかり、何千人の難民がここに来たとか、今はきついが来年はいいだろうとか、ホテルの女性と同じようなことを言った。

 そこからさらに一時間半ほど。

 俺たちはようやくミティリーニという港町に着き、MSFの陣取る二階建てのかわいらしいオレンジ色の瓦屋根の家を見つけ出した。 

1205itou4.jpg

あまりに美しいオフィス。

 門から入っていくと、家の脇の薄暗いところで女性が3人ミーティングしていた。正面扉の前には椅子があり、おばあさんが腰をかけていた。来客を迎えるのだろうか。

 中に入ると、そこにもたくさん人がいて部屋の中で事務をしていたり、二階から下へと移動したりしていた。

 俺たちを迎えたのは茶色いヒゲを生やしたイギリス人でプロジェクト・コーディネーターのアダム・ラッフェルで、彼が使っている部屋に招き入れられてそのまま「レスボス島の状況」についての概説を聞いた。

 彼自身、去年から活動に参加したそうだったが、ピーク時にはメディアも難民も一日に千人から3千人訪れていたのだそうだった。すさまじい数の人を、アダムたちは適切な場所へ誘導しなければならなかった。

 当時、MSFとグリーンピースは地中海で共同して事にあたることにし、レスボスの北部に3つの難民上陸拠点を作った。そのひとつ、モリヴォスが俺の泊まっていた地点であった。

 海の上でさまよう難民のボートを大型ボートで見つけて乗船者を救助すると、MSFは彼らを拠点へと上陸させた。そのあと、難民たちは行政の指示で東側の海岸沿いに南へと徒歩で移動したのだそうだ。大変な旅は終わることがなかった。MSFは彼らが歩かなくてもすむようバスの運行を行い、やがて国連もバスを出したらしい。

1205itou5.jpg

アダムの熱いブリーフィング

 さらにアダムたちは、マンタマドスなどの一時滞在センターで食事や救援物資や医療を提供した。中でも最大5000人が島に到着しながらも、もともとの滞在想定人数が700人だったというホットスポットモリア(漂着した移民・難民など"保護希望者"の審査・登録を行う目的で2015年10月からギリシャの主要な島に設置された難民管理センター)では当然フル回転の援助が続いたという。

 モリアで難民申請が通った者は管理センターの保護下に入るはずだったのだが、例の『EUートルコ協定』によって彼らの立場が不安定になってしまい、追い返される事態が発生した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中