最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く

勉強したい少年──ギリシャの難民キャンプにて

2016年11月25日(金)16時30分
いとうせいこう

境遇は同じ

 アフシン君が静かに席を立って診療所を出てから、俺たちは文化的仲介者に問いを向けた。いったいどのようなキャリアで、彼はそこにいるのかを知りたくなったからだ。

 すると、ナズィールという名の、意外にも24才と若い彼自身、もともとはアフガニスタンからわずか2年前に逃れてきた人なのだった。

 たった一人で国を出ざるを得なくなった彼はギリシャまでたどり着き、そこで収監センターに収容されて8ヶ月を過ごしたのだという。

 短髪で筋肉質の彼もまた、きわめて頭脳明晰であることは、経験を簡潔に語る姿でわかった。そもそも母国にいた時代、彼は他の人道団体で働き、『国境なき医師団(MSF)』の活動もスタッフもよく知っていたそうだ。発展途上の国の中でそうした活動に関わること自体が、彼の社会意識の高さと教育上のキャリアを示していた。

 そうした人物が他国で収監センターに入り、目の前に二つの選択肢を提示された。

 ひとつは、国に帰ること。

 もうひとつは難民申請をし、書類上の手続きをしながらギリシャ語を学んで他国に身を寄せること。

 当然、彼は後者を選んだ。それは当然、働き口を見つけることでもある。

 「だから、僕はどんな人がこの診療所へ来てもまったく他人事じゃありません」

 ナズィールはそう言った。

 「そして彼らの役に立てることが自分にとって大きな喜びであり、深い体験なんです」

 前回書いた通り、彼もまた自らを"たまたま彼らだった私"だと感じていた。それはそうだ。彼もまたまごうかたなき難民であったのだし、これからのEUの政治的判断次第では再び流浪の身になることだってあり得るのだから。

 そういう意味で彼はいまだに、難民だった。ただし、他の自分を助けることの出来る難民だ。その立場と経験において、彼は心の安寧、そして収入を得ているのに違いなかった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アングル:米保守派カーク氏殺害の疑い ユタ州在住の

ワールド

米トランプ政権、子ども死亡25例を「新型コロナワク

ワールド

アングル:ロシア社会に迫る大量の帰還兵問題、政治不

ワールド

カーク氏射殺、22歳容疑者を拘束 弾薬に「ファシス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    「AIで十分」事務職が減少...日本企業に人材採用抑制…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 6
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 7
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 8
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 9
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 10
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 4
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 5
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中