リーダーは「データ」より「目的意識」を重視せよ
(1)組織の罠
ほとんどの企業などの組織が、複雑性が表面化した新しい現実への備えができていない。従来は世界は直線的であるという前提で、部門や職務、階層、上司部下の関係などきれいに整理してきた。しかし現代に必要なのは柔軟性をもって機敏に動くことであり、ボトムアップでイノベーションのアイデアがもたらされることである。だが、いまだにほとんどの企業で社員たちを固定的な地位であったり、従順さ、協調性などで評価している。
(2)認知の罠
実は人間の脳はもともと複雑性に対応するようにはできていない。目の前に迫った危険に瞬時に反応することはできるが、複雑な問題の中に潜むわずかなサインを読みとるのは苦手だ。複雑であいまいなものごとに対しては、「よくわからない」と脅威を感じる。そしてそれを解消するために、それまでに確立された信念や戦略をかたくなに守ろうとする。
(3)権力の罠
20世紀の階層組織は、階層の中での地位を権力に結びつけ、上位の階層が情報と財源をコントロールすることで成り立っていた。現代では階層そのものに対してその存在が疑問視されるようになってきている。だが、私たちに、この「うまくいっていた仕組み」を手放す気がどれだけあるか、疑問の残るところだ。
【参考記事】部下の話を聞かない人は本当のリーダーではない
これらの罠は、いずれも「受け身のマインドセット」を生み出す。このマインドセットがあると、自ら考えることをしなくなる。以前から変わらない感情的反応パターンに従うか、これまでの経験で学習した通りに行動する。
「見えなくなっている目的意識」を表に出す
1982年9月、シカゴで鎮痛解熱剤「タイレノール」服用による死亡事故が起きた。第三者(現在も犯人不明)による意図的なシアン化合物の混入が原因だった。異物混入は製造元のジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)の工場で発生したのではなかったが、同社は米国内のすべての店頭から製品を回収し、生産を停止した。当時のCEO、ジェームズ・バークは、株価が急落すると知りながら製品を回収するという困難な状況に対処した胸の内を後に聞かれて、「正しいことをしたまでだ」と、さらりと答えた。
こうした「正しい行為」は、良いリーダーシップを象徴する。そこには「なぜ私たち1人ひとりは、この世界に存在するのか?」と自問することで生じる目的意識が存在する。VUCAの世界でうまく立ち回ることのできるリーダーは、こうした目的意識を広めるのに長けている。複雑性を巧みに手なずけられるのだ。
私たちのクライアントのある銀行の技術サポート部門は、仕事のストレスが原因となって退職者が相次ぐという問題を抱えていた。部門長は、ある日のチームミーティングで暗闇を怖がる4歳の息子の話をした。子ども部屋のドアを少し開けておくと、廊下の光で安心するのだという。そして彼はこんなことを言ったのだ。「サポートを依頼する人は不安で緊張している。そこで私たちが廊下の光のような安心感を提供する。それが私たちの存在理由だ。技術的な問題を解決することじゃないんだ」