ノーベル平和賞以上の価値があるコンゴ人のデニ・ムクウェゲ医師 ―性的テロリズムの影響力とコンゴ東部の実態―

2016年10月18日(火)17時10分
米川正子(立教大学特任准教授、コンゴの性暴力と紛争を考える会)

 これらすべての罪の責任者は、ルワンダのカガメ大統領である。ルワンダの研究者・活動家として著名なフィリップ・レインツエンスは、同大統領を「おそらく世界の現職の国家元首で、最悪の戦争犯罪人」と呼んでいる(注11)。そのため、多くのコンゴ人はルワンダ政府に対して嫌悪感と恐怖感を抱いており、ルワンダ人自身もそのことを承知している

 ムクウェゲ医師はその感情を口にしないものの、大湖地域(コンゴ、ルワンダ、ウガンダとブルンジ)における政治的意思の欠乏、コンゴ政府が国民の保護という義務を果たしていなく、平和も法の正義(justice)もないことなど非難を続けている。また、「性的暴力にノー!戦争にノー!国家の分裂計画にノー!」という政治的な発言もしたことがある。ここでいう「国家の分裂計画」(balkanization)とは、「領土を第一次世界大戦後のバルカン諸国のように、お互いに政治的に敵対する小国家に分裂させる」という意味で、ルワンダによるコンゴ東部の併合計画に言及した。

 ルワンダのカガメ政権も同政府の傀儡と言われているコンゴのカビラ政権も、ムクウェゲ医師のこのような発言を面白くないと思っているはずだ。その証拠として、国際メデイアの高い注目度とは裏腹に、報道の自由がないコンゴ地元ではムクウェゲ医師の実績を報道しているメディアはない。あるとすれば、例えば「ムクウェゲ医師は性暴力のサバイバーを治療していると言っているが、実際は彼自身がその加害者だ」といった中傷記事のみである。

 コンゴの国外でコンゴとルワンダ政府に批判をするコンゴ人の活動家は多いが、コンゴ国内、しかもルワンダに侵略されている東部でそれを実行することは相当な危険が伴っている。事実、2007年、国連PKO(MONUSCO)のコンゴ人ジャーナリストがブカブで暗殺され、2010年に、ブカブ出身の著名なコンゴ人の人権活動家が首都キンシャサで暗殺された。後者の人権活動家は過去27年間コンゴで活動し、モブツ独裁政権(1965-1997年)中、何回も逮捕されながらも一応、活動する「自由」はあった。その彼が、2010年にカビラ大統領の秘密を暴露する予定にしていたが、その数週前に暗殺された。このニュースに多くのコンゴ人と国際人権団体はショックを受け、潘基文国連事務総長までが声明を発表したほどである。

 このように、カビラ現政権ではモブツ政権時代と違って、ジャーナリストや人権活動家は急速に殺されているため、ムクウェゲ医師も恐れていたのに違いない。同医師も2012年10月に暗殺未遂にあっており、その直後、一時的にヨーロッパに避難した。現在はMONUSCO要員に守られながらパンジ病院内に住み、病院外に出る際も、MONUSCO要員数人に保護されながら移動するという自由が全然ない生活を送っている。

――――――――

(注11) Filip Reyntjens, Political Governance in Post-Genocide Rwanda(Cambridge University Press, 2013)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ヘッジファンド、銀行株売り 消費財に買い集まる=ゴ

ワールド

訂正-スペインで猛暑による死者1180人、昨年の1

ワールド

米金利1%以下に引き下げるべき、トランプ氏 ほぼ連

ワールド

トランプ氏、通商交渉に前向き姿勢 「 EU当局者が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 2
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 3
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別「年収ランキング」を発表
  • 4
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 7
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 10
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中