最新記事

NATO

もし第3次世界大戦が起こったら

2016年6月10日(金)17時45分
イアン・シールズ(英アングリア・ラスキン大学講師、国際関係論)

everlite-iStock.

<NATOの元高官による近未来小説『2017年ロシアとの戦争』のシナリオは現実にもあり得るか? 可能性は低い。だがひとたびNATOとロシアの戦争が始まれば、宇宙も含め世界中で高性能兵器が飛び交い破壊の限りを尽くす「人類戦争」になるだろう>

 遠くない将来、NATO(北大西洋条約機構)はロシアとの戦争に突入する――2011~2014年にかけてNATOの副最高司令官を務めたリチャード・シレフ将軍が出版した本のシナリオだ。

『2017:War with Russia(2017年:ロシアとの戦争)』と題するこの本はあくまでフィクション。だが、架空のロシア大統領がNATOとの開戦に踏み切る口実を作るために仕組んだ事件の描写には説得力がある。この事件をきっかけにロシアはNATO加盟国で隣国のバルト三国に侵攻。世界戦争へと発展するというストーリーだ。

【参考記事】戦争の時代:ロシアとの最終戦争は回避できるか

事実 vs フィクション

 前書きを読めば、この小説の政治的なメッセージは明らかだ。シレフは、西側で軍事力の空洞化が進み、ロシアの抑止に消極的で無能なために、ロシアとの戦争がかつてないほど現実性を帯びてきたとほのめかしている。

【参考記事】ドイツが軍縮から軍拡へと舵を切った

 現実世界にも、この分析は当てはまるのだろうか。

 シレフが描くシナリオは一見もっとものように聞こえる。だがよく考えると、欠点も見えてくる。

 シレフは戦争に突入するロシアの大統領について、政治的な目的を達成するのに軍事力を行使する以外に選択肢がない窮地に置かれているか、北朝鮮の金正恩労働党委員長のように「理性を欠く」為政者であるかのいずれかを想定している。

 確かに、原油価格の下落やクリミア併合に対する欧米諸国の経済制裁によって、ロシアは経済的な苦境に立たされている。だが、エネルギー供給という点では、むしろ欧州諸国の方がロシアに大きく依存している。

相互依存の安全保障

 例えば、バルト海を経由して独ロ間をつなぐ天然ガス・パイプラインのノルド・ストリームは、西ヨーロッパの需要量の38.7%にあたる天然ガスをロシアからドイツに運んでいる。天然ガス輸出による外貨収入は、ロシアにとっても極めて貴重だ。

【参考記事】ロシアがドイツに仕掛けるハイブリッド戦争

 つまり、シレフが描いた架空の戦争当事国は、現実には互いの経済的依存度が極めて高い。ロシアにしてみれば、天然ガスの供給を停止する方がよほど大きな圧力を相手にかけることができ、コストも安くて済む。リスクの高い戦争という手段に訴えるまでもない。

 では、ウラジーミル・プーチン大統領は金正恩のようにまともに話もできない相手なのだろうか。答えもNOだ。大統領としての行動を分析する限り、物事の分別はついているようだし、ロシアの国益を最優先に掲げる現実主義者だということも読みとれる。

 旧ソ連諸国や旧東欧諸国が次々と欧米主導のNATOに編入され、周りを敵に囲まれた状況なのは確かだ。1952年にはトルコが、冷戦後はポーランドやチェコ、スロバキア、ルーマニア、ブルガリア、バルト3国といったワルシャワ条約機構の旧加盟国がNATO加盟を果たし、ロシア国民の間にはNATOに対抗するよう期待する声も根強い。

【参考記事】ロシア戦闘機がNATO演習に「乱入」

 だからといって「戦争」という手段に訴える必要性があるかと問われれば、そんなことはない。

第三次世界大戦

 とはいえ、仮にロシアとの戦争に突入するとしたら、どんな戦争になるだろう。

 ロシアとNATOの軍事力を比べると、NATOの方が格段に規模が大きい。隊員数はNATOの360万人に対しロシア軍は80万人、戦車はNATOの7500台に対しロシア軍は2750台、戦闘機はNATOの5900機に対しロシア軍は1571機といった具合だ。

 だが、こうした数字だけでは実態はつかめない。

 NATOの軍事力は世界各地に配置されており、ロシアとの差は歴然としている。たとえロシアがバルト三国に一時的に侵攻することができたとしても、長く持ちこたえられるとは思えない。

 また、戦争の質も違う。ミサイルや砲撃の射程が格段に伸び、誘導爆弾の命中率や有効性が上がり、宇宙にまで監視体制が広がったことを考慮すれば、現代の戦争は極めて壊滅的な被害を与え得る。チェチェン共和国の首都グロズヌイやシリアのアレッポなど比較的小規模の紛争でも甚大な被害が出ているのがその証拠だ。

 戦闘部隊の規模は、第二次大戦時と比べると小さく見えるかもしれない。だが死者数や破壊力で見ると、現代の戦争の方が影響力は遥かに大きく、復興にもはるかに長い時間を要するだろう。

 軍艦や空母を世界の至るところへ配備し、戦闘要員も民間人もお構いなしに攻撃するような戦争はまさに世界大戦と呼ばれるものであり、そうした戦いに「戦場」という用語を使用すること自体が大きな誤解を招く。そのような戦いは人類戦争と呼ばれるべきものだ。

核戦争の可能性は低いが

 それは地球上だけで起きるのではない。宇宙空間をめぐる国家間の競争は、サイバースペースをめぐる争いに匹敵するほど激しくなると予想される。各国の政治やインフラ、情報、経済など、様々な領域に関わってくるからだ。

 シレフの警告に反して、NATOとロシアによる核戦争の可能性は極めて低いだろう。というのも、双方とも最終的にそこまでの壊滅的被害を望んでいないからだ。万一、化学兵器や生物兵器を用いる場合でも、非常に狭い範囲で、わずかしか使用しないだろう。

 だからといって、戦争によってもたらされる損害の規模を過小評価すべきでもない。もしNATOとロシアの間で全面戦争が起きれば、インターネットから株式市場、宇宙空間まで、想像の及ぶあらゆるものが前線と化すだろう。

 確かにシレフの小説には、なるほどと思わせるところがある。NATOに対してより強硬な外交政策を掲げ軍事費を増大するよう求める声は現実にもある。だがだからといってロシアの政治指導者を話が通じない相手と切り捨てるのは短絡的過ぎる。

 結局のところ、第三次大戦という話になれば、ロシアもNATOも失うものが多すぎるのだから。

Ian Shields, Associate Lecturer in International Relations, Anglia Ruskin University

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中