最新記事

フィリピン

アジアのトランプは独裁政治へ走るか

2016年5月24日(火)15時50分
パトリック・ウィン

Photo by Lam Yik Fei/Getty Images

<「犯罪者と汚職官僚は皆殺しだ」──そんな暴言がウケてフィリピンの次期大統領に当選したロドリゴ・ドゥテルテは、強い指導者として有権者の期待に応えるのか、それともマルコス元大統領のように国民を踏み躙る独裁者になるのか> 写真はマニラで選挙演説をするドゥテルテ

 フィリピンの犯罪者は覚悟したほうがいい。新大統領は麻薬密売人や強盗を見つけしだい殺して、バラバラに切り裂くと公言している。

 犯罪者にも人権があると主張する人間がいれば、特等席で処刑の模様を見せてやるとまで豪語している。「きれい事をほざく奴らの面前で盛大に切り裂いてやろうじゃないか」

 フィリピンの次期大統領ロドリゴ・ドゥテルテにはいろんな呼び名がある。コミックのヒーローにちなんだパニッシャー(私刑執行人)、ダーティハリーにちなんだドゥテルテ・ハリー。選挙活動中には「アジアのドナルド・トランプ」とも呼ばれた。

人権なんかクソ喰らえ

 南部ミンダナオ島の活気に満ちた中心都市ダバオで、ドゥテルテは市長を長年務めてきた。彼のトンデモ発言に、市民はもはや慣れっこ。もうすぐフィリピン中の人々がこの暴言王を大統領と呼ぶようになる。

 71歳のドゥテルテは5月9日に実施されたフィリピン大統領選で有権者の圧倒的な支持をつかみ、開票終了を待たずに勝利宣言をした。だが、世界から見た彼はただの風刺画のネタ。大風呂敷を広げ、現状にかみつくトランプ型のデマゴーグだ。

【参考記事】中国に逆らい日本を支持したフィリピンの思惑

 本人はトランプに例えられることが不満らしく、「トランプは偏見の塊だが、私は違う」と言うが、バイアグラ礼賛や女性蔑視むき出しの発言はトランプのイメージと重なる。

 もっとも、実像はそれほど単純ではない。敬虔なカトリックでありながら、同性婚を支持。これ見よがしに拳銃をちらつかせる一方で、今も子供の頃にママにもらった毛布なしでは眠れない。トランプと違うのは、イスラム教徒に好意的な態度を見せていること。ミンダナオ島の奥地を拠点にするイスラム過激派とも和平の道を探ろうとした。

 そんなドゥテルテが大統領に上り詰めたのは、荒っぽい治安対策をアピールし続けたからだ。私が大統領になったら、犯罪者を大量処刑する。裁判なんか要らない、人権なんかクソ食らえだ──選挙戦中、ずっとそう言い続けてきた。「犯罪者はまとめて殺し、マニラ湾に沈めて魚の餌にしてやる」

【参考記事】フィリピン過激派組織がISISと共闘宣言


 一方で、フィリピンをシンガポール型の管理国家にする構想もほのめかしている。未成年者には午後10時以降、保護者なしの外出を禁止する、フィリピン人が大好きなカラオケも午後9時以降は禁止、午前1時以降の飲酒は禁止──いずれもドゥテルテ陣営が出した案だ。

就任後はソフト路線に?

 仮にこうした法律ができたとして、それを市民に守らせるのは警察の仕事だろう。汚職が蔓延するフィリピンの警察にそんな役目が果たせるのか。

「深夜のカラオケを禁止しても貧困は解消されず、犯罪はなくならない」と、人権団体カラパタンのクリスティーナ・パラバイ事務局長は指摘する。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トランプ氏のロシア産原油関税警告、市場の反応は限定

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、突っ込み警戒感生じ幅広く

ワールド

イスラエルが人質解放・停戦延長を提案、ガザ南部で本

ワールド

米、国際水域で深海採掘へ大統領令検討か 国連迂回で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 9
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中