最新記事

中東

難民に苦痛を強いるレバノンの本音

2016年4月11日(月)18時00分
リチャード・ホール

 イケアのシェルターは恒久的な建物に見えたので嫌われた、と彼女は言う。シリア人が定住してしまうことを、地元の人たちは恐れているのだ。

 ハルバでの試用は中断したが、UNHCRはくじけず、別の場所で試した。「次にレバノン山脈地域で試みたが、また反対された。結局、レバノンの社会問題省と協議の末、計画は中止と決まった」とスレイマンは言う。7つのシェルターは梱包され、スウェーデンに送り返された。

 難民が定住することをレバノン人が心配するのには歴史的な理由がある。1948年のイスラエル建国の際、土地を追い出されたり、戦闘から逃れたりした10万人近いパレスチナ人がレバノンに入り、各地に難民キャンプを建てた。

【中見出し】「中東のパリ」復活?

 それからの数十年間、パレスチナの武装勢力の間で緊張が高まり、その多くはレバノンを対イスラエル戦の基地としたので、レバノンのキリスト教徒のグループはパレスチナ人の存在に反感を持つようになった。

 パレスチナ人勢力は75年から90年まで続いたレバノン内戦でも主役の1つだった。現在では、国内の難民キャンプに50万人以上のパレスチナ人が住む。住居はコンクリートや石でできていて、周辺の家々と変わりなく、いつまでも住めそうに見える。

「これらのキャンプも最初はテントだったが、やがて家になった。今でも『キャンプ』と呼んではいるが、実態はもうキャンプとはいえない」と社会問題省のカセンは言う。07年には北部の都市トリポリに近いナハル・アル・バレドの難民キャンプを拠点とするイスラム系武装集団ファタハ・イスラムとレバノン軍の大規模な衝突もあった。

 戦闘でキャンプはほとんど破壊された。「レバノンの人々はこの件を忘れていない。長期的に住むことができるシェルターを受け入れられないのはそれが理由だ」とカセンは言う。

「48年にパレスチナ難民を受け入れたとき、レバノンは建国から5年の若い国だった。レバノン内戦はパレスチナ人の流入という悲劇の遺産でもあった」とブラウン大学の比較文学・中東研究の准教授で、レバノン政治についてのブログを主宰するエリアス・ムハナは指摘する。

「レバノンは世界で最も人口密度の高い国の1つであり、これ以上の人口増加に対処できないという心配もある。同時に、国に同化しないコミュニティーの存在に対する感情的な反発もある」と彼は言う。

 反発の裏には政治的な事情もある。レバノン政治は多くの宗教・宗派の微妙なバランスで成り立っている。スンニ派であるシリア人が100万人以上も加われば宗派間の勢力分布は大きく変わり、他の集団は現在より不利な立場になりかねない。

 宗派間の力関係で政治が動くこの国では、人道危機が政治の危機に直結する。

[2016年4月 5日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 10
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中