最新記事

【2016米大統領選】最新現地リポート

ボストンのリベラルエリートが、サンダースを支持しない理由

2016年3月8日(火)16時30分
渡辺由佳里(エッセイスト)

pereport160308-03.jpg

ボストン近郊の民主党支持層の投票動向は全米の有権者の指標になる(筆者撮影)

 ヒラリーのタウンホールミーティングに参加した40代の男性は、「大統領は、やりたい仕事だけやればいい職業ではない。反戦運動家であっても、泥沼化したイラク戦争の後始末をしなければならないし、内政から外交まで初日から全力疾走しなければならない。それができる経験と能力があるのは、候補者の中ではヒラリーだけ。ヒラリーと同じ経歴を持つ人が男性なら、(「メール疑惑」などについて)あれほど執拗な攻撃をするだろうか? 平然と嘘をつく男性政治家を許しているくせに、ヒラリーだけを細かく非難するとしたら、性差別者だといわれても仕方がないね」と、メディアやバーニーの支持者たちに批判的だった。

 アイビーリーグの大学を卒業したばかりの若い女性の何人かは、「ヒラリーに投票するつもりだけれど、友人たちには話さない。とくに男性には」と打ち明けた。「バーニーの応援をしない奴は認識が足りない、と説教されてめんどうだから」と言う。彼女たちがヒラリーを選ぶ理由が面白い。「私たちが大学院に進学したり、就職したりするときには、これまでの成績、研究の成果、インターンの経験で実力を見せつけなければならない。『できる』という口約束だけで進学や就職はできない。アメリカの大統領は、さらに経験と技能を要する仕事で、履歴書ならヒラリーが適任なのは明らか。それなのに、なぜみんな口約束の人を選ぶのか?」と憤慨する。

 先に登場したサンダース支持の60代の女性は、ヒラリーがファーストレディ時代に国民皆保険制度の導入を試みて共和党から徹底的に叩かれて潰された事実をまったく知らなかった。けれども、それが起こった頃に生まれた彼女たちは、ヒラリーの経歴の一部としてそれをちゃんと知っている。ヒラリーの支持者に共通するのは、大統領選挙を「大統領という職業の面接」と捉え、他の候補の政策と比較したうえで、「誰が適任か?」「もし共和党がホワイトハウスまで占領したら、アメリカや世界はどうなるのか?」考えて判断しているところだ。

 先にご紹介したMITの言語学教授で思想家でもあるノーム・チョムスキーは、アメリカの国家資本主義に批判的な左寄りのリベラルで、「世界の良心」として日本でも知名度が高い。もちろん、現在の大統領候補の中では、サンダースに最も好意的だ。アラビア語の国際ニュース局アルジャジーラの取材でもそう答えている。だが、チョムスキーは「今の政治システムでは(サンダースが)選挙に勝つ見込みはほとんどない」と考えており、共和党と民主党の力が拮抗する州の住民は、共和党候補が大統領になるのを阻止するために、たとえ好きでなくても無投票ではなくヒラリーに投票するべきだと公言する。

「2008年の大統領選挙のときも、私はオバマが嫌いだったけれど、同じことを言った」とチョムスキーは言い、「あなたが11月にオハイオ州にいたらヒラリーに投票しますか?」というアルジャジーラの記者の問いに、「もちろん」と強く答えている。チョムスキーのヒラリー票は消極的だが、「候補の好き嫌いではなく、アメリカの大統領が世界に与える影響を考えて票を投じるべきだ」という考え方はリベラルなエリートに共通するところだ。

 民主党の根強い支持層には、二つの異なるグループがある。

 一つは、低学歴、低所得の労働者で、もうひとつは、高学歴、高所得のホワイトカラーだ。前者は「自分の味方になってくれそうな人」をリーダーに選び、後者は「国や世界のリーダーとして、地球温暖化や外交でまっとうな決断ができそうな人」を選ぶ。前者にとって好き嫌いの感情は重要だが、後者にとっては掲げる政策と実務能力の方が重要だ。

 ボストンと近郊の裕福な町に暮らすリベラルのエリートには後者が多い。それがニューハンプシャーのサンダースの圧勝と、マサチューセッツのヒラリー辛勝という結果の違いを生み出している。

<ニューストピックス:【2016米大統領選】最新現地リポート>

≪筆者・渡辺由佳里氏の連載コラム「ベストセラーからアメリカを読む」≫

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中