ボストンのリベラルエリートが、サンダースを支持しない理由
ヒラリーのタウンホールミーティングに参加した40代の男性は、「大統領は、やりたい仕事だけやればいい職業ではない。反戦運動家であっても、泥沼化したイラク戦争の後始末をしなければならないし、内政から外交まで初日から全力疾走しなければならない。それができる経験と能力があるのは、候補者の中ではヒラリーだけ。ヒラリーと同じ経歴を持つ人が男性なら、(「メール疑惑」などについて)あれほど執拗な攻撃をするだろうか? 平然と嘘をつく男性政治家を許しているくせに、ヒラリーだけを細かく非難するとしたら、性差別者だといわれても仕方がないね」と、メディアやバーニーの支持者たちに批判的だった。
アイビーリーグの大学を卒業したばかりの若い女性の何人かは、「ヒラリーに投票するつもりだけれど、友人たちには話さない。とくに男性には」と打ち明けた。「バーニーの応援をしない奴は認識が足りない、と説教されてめんどうだから」と言う。彼女たちがヒラリーを選ぶ理由が面白い。「私たちが大学院に進学したり、就職したりするときには、これまでの成績、研究の成果、インターンの経験で実力を見せつけなければならない。『できる』という口約束だけで進学や就職はできない。アメリカの大統領は、さらに経験と技能を要する仕事で、履歴書ならヒラリーが適任なのは明らか。それなのに、なぜみんな口約束の人を選ぶのか?」と憤慨する。
先に登場したサンダース支持の60代の女性は、ヒラリーがファーストレディ時代に国民皆保険制度の導入を試みて共和党から徹底的に叩かれて潰された事実をまったく知らなかった。けれども、それが起こった頃に生まれた彼女たちは、ヒラリーの経歴の一部としてそれをちゃんと知っている。ヒラリーの支持者に共通するのは、大統領選挙を「大統領という職業の面接」と捉え、他の候補の政策と比較したうえで、「誰が適任か?」「もし共和党がホワイトハウスまで占領したら、アメリカや世界はどうなるのか?」考えて判断しているところだ。
先にご紹介したMITの言語学教授で思想家でもあるノーム・チョムスキーは、アメリカの国家資本主義に批判的な左寄りのリベラルで、「世界の良心」として日本でも知名度が高い。もちろん、現在の大統領候補の中では、サンダースに最も好意的だ。アラビア語の国際ニュース局アルジャジーラの取材でもそう答えている。だが、チョムスキーは「今の政治システムでは(サンダースが)選挙に勝つ見込みはほとんどない」と考えており、共和党と民主党の力が拮抗する州の住民は、共和党候補が大統領になるのを阻止するために、たとえ好きでなくても無投票ではなくヒラリーに投票するべきだと公言する。
「2008年の大統領選挙のときも、私はオバマが嫌いだったけれど、同じことを言った」とチョムスキーは言い、「あなたが11月にオハイオ州にいたらヒラリーに投票しますか?」というアルジャジーラの記者の問いに、「もちろん」と強く答えている。チョムスキーのヒラリー票は消極的だが、「候補の好き嫌いではなく、アメリカの大統領が世界に与える影響を考えて票を投じるべきだ」という考え方はリベラルなエリートに共通するところだ。
民主党の根強い支持層には、二つの異なるグループがある。
一つは、低学歴、低所得の労働者で、もうひとつは、高学歴、高所得のホワイトカラーだ。前者は「自分の味方になってくれそうな人」をリーダーに選び、後者は「国や世界のリーダーとして、地球温暖化や外交でまっとうな決断ができそうな人」を選ぶ。前者にとって好き嫌いの感情は重要だが、後者にとっては掲げる政策と実務能力の方が重要だ。
ボストンと近郊の裕福な町に暮らすリベラルのエリートには後者が多い。それがニューハンプシャーのサンダースの圧勝と、マサチューセッツのヒラリー辛勝という結果の違いを生み出している。
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≪筆者・渡辺由佳里氏の連載コラム「ベストセラーからアメリカを読む」≫