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インド「聖なる牛」の闇市場

2015年12月24日(木)17時00分
ジェーソン・オーバードーフ

 反対運動が起こっていないときでも、インドの食肉・革産業は分かりにくいビジネスだ。ヒンドゥー教徒が約8割を占めるこの国は昨年、牛肉の輸出量で世界一となった。牛革も含めると、同産業の市場規模は約100億ドルとされる。一体どうやったら、そんなことが可能になるのだろうか。

 こうなった理由の1つは、米農務省の分類では水牛の肉も「牛肉」に振り分けられてしまうことにある。

 牛革はインドの革の輸出量全体の約3分の1を占めるとされる。だがコルカタのなめし業者によれば、以前は水牛と牛の革の比率が半々だったのが、この数週間で水牛の革80%に対して牛革20%に変わったという。

 国内市場はさらに複雑だ。牛を殺すことが違法とされていないのは5州しかないため、牛肉に特化した産業はない。一方で巨大な乳製品産業が存在し、牛を農耕などの労役に用いる伝統があり、インド国内には現在1億9000万頭以上の畜牛がいるとされる(アメリカは約9000万頭だ)。

 農業でトラクターが牛の代わりを務めるようになり、それまで労役に用いられていた牛の半数ほどが「用なし」となった。ヒンドゥー至上主義を掲げる団体は、使いものにならなくなった牛を飼育するための施設をつくっているが、農家にしてみればそんな場所に預けるよりも売って金にしたいと思うのは当然だろう。

 牛の売買はほとんどの州で、ときにはコルカタでさえ事実上の違法行為だ。牛の食肉処理や消費、あるいは牛肉の所有が禁止されているのに加えて、牛を売ったり州外の食肉処理業者まで運搬することも犯罪とされる。

 コルカタなど牛を殺すことが違法とされていない地域では、その牛が12~14歳であるか、あるいは繁殖能力がなかったり乳を出すことができなくなったために「屠殺に適している」ことを証明する文書が必要になる。だがこの規則もしばしば変更されるという。このような曖昧な環境がもたらしたのは、賄賂と密売が横行し、人々は見て見ぬふりをするという状況だ。

外国投資誘致にも影響

 この問題はヒンドゥー教徒対ムスリム教徒といった単純な構図では説明できない。牛革の輸出ビジネスを支配しているのは、カースト中位層のヒンドゥー教徒の業者たちだ。またカースト低位層のヒンドゥー教徒の大半は差別を恐れて牛肉を食さないようにしているが、中には食べる人もいる。さらに、インドの先住民族の多くも牛肉を食べるし、世俗主義者や無神論者たちも当然食べる。

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