最新記事

文化

郊外の多文化主義(3)

2015年12月9日(水)15時37分
谷口功一(首都大学東京法学系准教授)※アステイオン83より転載

 世界的に都市空間の二極化が進行する中、公営団地をめぐる問題は80年代以降、英米仏でも同様に発生しているが、日本特有の問題として「高齢者の占める割合が高い」ことが指摘される(欧米の公営団地においては「高齢者の集中」は珍しく、むしろ、若年層の割合が高い)。高齢者も外国人も「自力で民間の住居を確保することが難しい」という点で共通しており、いずれもが「住宅弱者」であり、かつ「貧困」を抱えているのである。

 現状では、「自立」支援として社会的弱者を同じ空間に集中させる=団地に入居させようとしているが、「それは異なったリスクを抱えた人びとを集めて団地を(福祉)施設化していること」に他ならない。「福祉的色彩を強めた団地」はコミュニティとしての活力を失う。問題を抱えた人びとを一箇所に集めることで、その空間のネガティブなイメージが増幅し、そこの出身というだけで軽蔑されるような事態が発生するのである。このようなマイナスイメージが定着すると「住民は自己の尊厳を守るため......そこから抜け出すことを画策するようになる。団地内で学力が高いなどの個人的資源を持ち、社会的上昇の可能性を持つ者は、団地からの「脱出」を目指し、それに成功することが多い」――能力の高い者が転出すると、団地の潜在的な力は一層低下し、立て直しは困難になるのである。

 以上のような形で描き出される状況は、社会学者ゴードン(Milton M. Gordon)によって発案された「エスクラス(ethclass)」状況として捉えられるべきだと樋口は指摘する。エスクラスとは、「エスニシティ(ethnicity)」と「階級(class)」を掛け合わせた造語であり、それら二つの重なり合った状態を意味している。このようなエスクラス状況は実のところ、日本人のトヨタ期間工でも事情を一にしている。「期間工」という(脱着不能な)属性は存在しないが「ブラジル人」という属性は存在するため「ブラジル人問題」というカテゴライズが行われることとなるのである。このような「エスクラス」を構成する要素のうち「エスニシティ」にしか目を向けない「共生」ではなく、「クラス」=政治経済的領域にも目を向けた「統合」が目指されるべきなのである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中印ブラジル「ロシアと取引継続なら大打撃」、NAT

ビジネス

NY外為市場=ドル急伸し148円台後半、4月以来の

ビジネス

米金利変更急がず、関税の影響は限定的な可能性=ボス

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中