最新記事

文化

郊外の多文化主義(1)

2015年12月7日(月)16時05分
谷口功一(首都大学東京法学系准教授)※アステイオン83より転載

 積極的に「多文化主義」を推奨してきた英独と当初から「同化主義」を前面に押し出してきたフランスであるが、英独仏3カ国の辿り着いた先は、皮肉なことに同じだった。つまり、断片化された社会、疎外されたマイノリティ、怒れる市民たちである。

 マリクによるなら、そこには「多文化主義のパラドックス」が存在する。彼自身の言葉を借りるなら「政治的道具としての多文化主義は、多様性を前提とするが、そのような多様性はマイノリティのコミュニティの縁で止まることを暗黙裏に想定している。そこでは多様性を制度化(institutionalize)することで、人々をエスニックや文化の箱(box)の中に押し込める」のである。ここで言うところの「箱」については、「単一で同質的なムスリム・コミュニティ」などといった一枚岩的(monolithic)なイメージを想起すれば良いだろう。

 このような問題状況に対してマリクは、多文化主義も同化主義も、社会の断片化という同一の問題に対処するための異なった政策的対応だったのだが、結局のところ、いずれも事態を悪化させたに過ぎないと断じ、かかる「失敗」を乗り越えるためには、欧州は、以下のような三つの区別を判然と行うことが必須だと論じている。

 第一に、「生きられた経験としての多様性」と「政治的プロセスとしての多文化主義」を区別しなければならない。移民の流入によって社会生活における経験が多様化されることは歓迎されるべきだが、文化的差異の公的な承認を通じた「多様性の制度化」には反対しなければならない。

 第二に、「カラー・ブラインドネス」と「レイシズムへのブラインドネス」を区別しなければならない。特定の民族的・文化的歴史の担い手としてではなく、すべての人を市民として扱うというフランス流の同化主義の処方には、それ自体としての価値がある。しかし、これは国家が特定のグループへの差別(レイシズム)を放置することを意味しない。

 第三に、「人びと(peoples)」と「価値(value)」を区別しなければならない。多文化主義も同化主義も、マイノリティのコミュニティ内部での同質性を前提としているが、人びとの生活の実相にわたる現実は多様なのである。

 結論としてマリクは、欧州は、進歩的な意味での「普遍的価値」を再発見しなければならないと言う。次節では、この「普遍的価値」と多文化主義をめぐる根源的な問題系に踏み入ってゆくことにしたい。

※第2回:郊外の多文化主義(2) はこちら

[執筆者]
谷口功一(首都大学東京法学系准教授)
1973年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。日本学術振興会特別研究員を経て現職。専門は法哲学。著書に『ショッピングモールの法哲学』(白水社)、『公共性の法哲学』(共著、ナカニシヤ出版)など。
ブログより:移民/難民について考えるための読書案内――「郊外の多文化主義」補遺

※当記事は「アステイオン83」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg



<*下の画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります>


『アステイオン83』
 特集「マルティプル・ジャパン――多様化する『日本』」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:トランプ税制法、当面の債務危機回避でも将来的

ビジネス

アングル:ECBフォーラム、中銀の政策遂行阻む問題

ビジネス

バークレイズ、ブレント原油価格予測を上方修正 今年

ビジネス

BRICS、保証基金設立発表へ 加盟国への投資促進
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 7
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 10
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 6
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 10
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 7
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中