最新記事

北アフリカ

欧州を襲った地中海「移民船クライシス」

チュニジア、リビア、エジプト、シリアなどの国々の秩序回復なくして危機の解決はあり得ないが

2015年5月21日(木)13時05分
ウィリアム・ドブソン(本誌コラムニスト)

死の海 綻国家の混乱が海を越えてヨーロッパ諸国の足元に Alessandro BianchiーREUTERS

 いま世界で最も人命が失われている海、それは地中海だ。先月19日、ヨーロッパへの移住希望者を乗せた密航船が転覆し、900人以上が死亡・行方不明になった。その数日前にも、同様の転覆事故で400人が海に消えている。

 今年に入って、中東・北アフリカ諸国から地中海を渡ってヨーロッパを目指す途中で命を落とした不法移民は、既に2000人を超す。把握されていない事故も含めれば、実際の死者の数はもっと多いだろう。

 地中海がとりわけ危険な海というわけではない。では、なぜ死者が急増しているのか。さまざまな要因が挙げられている。

 まず、老朽化した船に多くの人を押し込む密航業者の責任を指摘する声がある。業者は、海上で移民たちを放置するケースもあるという。また、移民たちを危険な船旅に駆り立てる中東・北アフリカ諸国の貧困を問題視する声もあるし、問題を傍観してきたヨーロッパ諸国の対応を批判する声もある。

 これらのすべての要因が関係しているのだろう。しかし、中東・北アフリカ諸国が貧しいのは今に始まったことではないし、密航業者は昔から人命を軽視していた。ヨーロッパ諸国が過去に有効な対応を取っていたわけでもない。

 昔と今の違いは、アラブの春以降、中東・北アフリカ諸国の不安定化と無法地帯化が進んだことだ。チュニジア、リビア、エジプト、シリアなどの専制体制は、残忍な抑圧体制ではあったが、一応の安定と秩序を生み出していた。よりよい生活を求めて、何千人もの人が船で出国することなどあり得なかった。

無政府状態が生んだ悲劇

 しかし、革命の多くが失敗に終わり、新体制が内向きになったり、権力の空白が生まれたりした結果、人々が安心して暮らせなくなり、しかも国民が国を脱出することを阻む権力も存在しなくなった。地中海の移民危機は、アラブの春がもたらした最も予想外の結果だったのだ。

 特にひどいのは、リビアだ。40年以上に及んだカダフィの独裁体制が倒れ、今も続く内戦によって統治機構はずたずたになった。多くの地区では、学校が破壊され、電気が止まるなど、基礎的な行政サービスが機能していない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏銀行、資金調達の市場依存が危機時にリスク=

ビジネス

ビットコイン一時9万ドル割れ、リスク志向後退 機関

ビジネス

欧州の銀行、前例のないリスクに備えを ECB警告

ビジネス

ブラジル、仮想通貨の国際決済に課税検討=関係筋
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 10
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中