最新記事

現地取材

シリア首都で暮らす市民のリアルな日常

昼も夜も自宅に籠ってお茶会、体重や健康維持もひと苦労——厳戒下のダマスカスで生活する人々の意外な現実

2013年10月21日(月)14時06分
ラシャ・エラス(ジャーナリスト)

戦火の中で 首都ダマスカスのコーヒーショップに集う女性たち(13年9月) Khaled al Hariri-Reuters

 運が良かったね──たいていの人はファティマの話を聞くとそう言う(安全のため、本記事に登場する人物は全員仮名)。

 多分そうなんだろうと、ファティマも認める。シリア内戦の余波で治安が悪化していた郊外の住宅地モアダミヤから、比較的安全と思われる首都ダマスカスに出てきたのは1年ほど前のこと。夫と4人の子供たちと一緒にビルの地下に住めることになり、夫はそのビルの管理人の仕事を得た。

 ダマスカスでは学校も授業を続けているから、子供たちは勉強ができる。商店には食料も売られている。モアダミヤに残っている友達や親戚の暮らしと比べれば、信じられないくらい恵まれていることは、ファティマもよく分かっている。

 後で知ったことだが、ファティマ一家がモアダミヤを脱出したのはぎりぎりのタイミングだった。当時からバシャル・アサド大統領の政府軍が包囲の準備をしていたが、今ではこの地区は完全に封鎖され、食料も医薬品も人道援助も入ってこない。

 それと同時に、子供であろうと住民が外に出ることは不可能になった。モアダミヤの住民は反政府勢力のシンパだと思われているからだ(皮肉にもこの無慈悲な封鎖によって、住民は本当に政府軍を憎むようになった)。

 ファティマは9月、モアダミヤに住むいとこが餓死したことを知った。まだ3歳だった。AP通信によると、この数週間でモアダミヤでは1歳半の乳児を含む6人以上が死んだ。

 国連の推計によると、シリア国内で緊急食料援助を必要としている人は400万人以上に上る。その半分は子供だ。だが民間援助団体セーブ・ザ・チルドレンは、実際の数はそれをはるかに上回ると指摘している。

 約500万人の国内避難民の多くと比べれば、自分の暮らしがずっとましであることは、ファティマもよく分かっている。ささやかだが一家には快適な住居があり、ファティマ自身も時々家政婦の仕事をして家計を助けることができる。

スナイパーと隣り合わせの日常

 シリアの国内避難民の多くは、いま身を寄せている場所が、空爆の標的や戦闘の最前線になる直前に、別の場所に移動するのを繰り返すしかない。

 人々は皆捕らわれの身になった気分だ。ダマスカスの住民も例外ではない。ごくわずかの安全な地区を除けば、夕暮れ後に外出するのはトラブルに巻き込まれたいと言っているようなものだ。今や誘拐や強奪や拉致は日常茶飯事だ。2年前まで無差別犯罪とは無縁な街だっただけに、住民の不安は一段と大きい。

 旧市街で早い時間に夕食に出かけるのも危険だ。この辺りでは最近、迫撃砲が爆発する事件が相次いでいる。また政府の気まぐれな検問や道路封鎖のために、旧市街からダマスカス市内の自宅に帰るのに遠回りを強いられ、スナイパーがいる通りや前線に近いエリアを通らなければならないこともある。

 そのため最近は、昼も夜も自宅に籠もっている人が増えている。出掛けるとすれば、友達の家を訪ねて水たばこを吸いながら雑談をする程度だ(話題は窮屈な生活への不満ばかりだが)。鬱症状や体重の増減を訴える人が増え、家族間の不和も増えている。

 ファティマはダマスカスでの生活で、心から笑える瞬間もあるという。だが一度不安になると止まらなくなる。

 この1年で食料や学用品は4倍値上がりしたが、今後値下がりすることはあるのだろうか。モアダミヤに残してきた自宅は今も残っているのか。反政府勢力の支配地域からダマスカスに来た男たちは政府の検問で捕まることが多いようだが、夫もそんな目に遭ったらどうすればいいのか。

 長男は大学に合格するだろうか。合格できなかったら軍に入れられてしまう。それは死刑判決を言い渡されるのと同じだ──。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ポーランド鉄道爆破、関与の2人はロシア情報機関と協

ワールド

米、極端な寒波襲来なら電力不足に陥る恐れ データセ

ビジネス

英金利、「かなり早期に」中立水準に下げるべき=ディ

ビジネス

米国株式市場=S&P4日続落、割高感を警戒 エヌビ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中