最新記事

宗教

血塗られたキリスト教徒狩りが始まった

2012年4月25日(水)18時20分
アヤーン・ヒルシ・アリ(アメリカン・エンタープライズ研究所特別研究員)

「アラブの春」の後のエジプトでは、反政府勢力による暴力と、政府や政府系勢力による暴力の両方が起きている。

 昨年10月9日、首都カイロでキリスト教の一派であるコプト教徒(人口の1割程度)がデモを行った。ムバラク独裁政権の崩壊後、教会の焼き打ち、レイプ、体の一部の切断、殺害など、イスラム過激派による攻撃が相次いだことへの抗議だった。

 このデモの最中に治安部隊がトラックで群衆に突っ込み、デモ参加者に発砲。この衝突により、少なくとも24人が死亡し、300人以上がけがを負った。

 昨年末までに20万人以上のコプト教徒が暴力の激化を恐れて、それまで住んでいた家から逃げ出した。最近の選挙結果を受けてイスラム過激派の影響力がひときわ高まる可能性が高いことを考えると、不安は杞憂でなかったようだ。

 キリスト教徒の「撲滅」に乗り出しているらしいアラブ国家は、エジプトだけではない。イラクでは03年以降、首都バグダッドだけでキリスト教徒900人以上(大半は少数民族のアッシリア人)がテロ攻撃で殺害され、70のキリスト教会が焼かれたと、アッシリア国際通信(AINA)は報告している。

 多くのキリスト教徒が国外へ逃げ、03年以前に100万人強いた彼らは今や50万人を下回る。「イラクのアッシリア人に対するジェノサイドまたは民族浄化の初期段階」だと、AINAは危惧している。

 パキスタンでは、人口約1億7000万人の1・6%を占めるにすぎないキリスト教徒が、イスラム過激派だけでなく冒とく法にも脅かされている。

キリスト教の祈祷も違法

 その過酷さを示すいい例が、10年に東部パンジャブ州のキリスト教徒女性が、イスラム教の預言者ムハンマドを冒とくした容疑で死刑を宣告された事件だ。女性の死刑回避を主張していた同州のサルマン・タシール知事は、昨年1月に自らの警護官に撃たれて死亡した。

 犯人の警護官はイスラム教指導者らに「英雄」とたたえられた。昨年末、警護官に死刑判決を下した裁判官は現在、命の危険があるとして身を隠している。

 こうした話はパキスタンでは珍しくない。冒とく法に背いていると疑われれば、残酷な目に遭う。身をもって思い知らされたのが、キリスト教系の援助団体ワールド・ビジョンだ。10年3月、北西辺境州(現在のカイバル・パクトゥンクワ州)にある同団体の事務所が襲撃され、職員6人が殺害された。犯行声明を出したイスラム教武装勢力によると、襲撃の理由はイスラム教打倒のために活動しているから、だった。

 世界で最も寛容で民主的なイスラム教多数派国家と言われるインドネシアも「キリスト教恐怖症」の感染を免れていない。米紙クリスチャン・ポストの資料によれば、同国の宗教少数派(そのうち最も多いのはキリスト教徒)を狙った暴力事件は10年の198件から、11年には276件と40%近く増加した。

 迫害は繰り返され、どこまでも広がりかねない。なかでも極端さで突出しているのがサウジアラビアだ。キリスト教徒の外国人労働者が100万人以上在住するにもかかわらず、この国では個人的にキリスト教の祈祷をすることさえ違法だ。キリスト教徒の自宅は定期的に強制捜査され、冒とく罪で訴えられても、その裁判証言はイスラム教徒と同じ法的効力を持たない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

イオン、米国産と国産のブレンド米を販売へ 10日ご

ワールド

中国、EU産ブランデーの反ダンピング調査を再延長

ビジネス

ウニクレディト、BPM株買い付け28日に開始 Cア

ビジネス

インド製造業PMI、3月は8カ月ぶり高水準 新規受
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中