血塗られたキリスト教徒狩りが始まった
「アラブの春」の後のエジプトでは、反政府勢力による暴力と、政府や政府系勢力による暴力の両方が起きている。
昨年10月9日、首都カイロでキリスト教の一派であるコプト教徒(人口の1割程度)がデモを行った。ムバラク独裁政権の崩壊後、教会の焼き打ち、レイプ、体の一部の切断、殺害など、イスラム過激派による攻撃が相次いだことへの抗議だった。
このデモの最中に治安部隊がトラックで群衆に突っ込み、デモ参加者に発砲。この衝突により、少なくとも24人が死亡し、300人以上がけがを負った。
昨年末までに20万人以上のコプト教徒が暴力の激化を恐れて、それまで住んでいた家から逃げ出した。最近の選挙結果を受けてイスラム過激派の影響力がひときわ高まる可能性が高いことを考えると、不安は杞憂でなかったようだ。
キリスト教徒の「撲滅」に乗り出しているらしいアラブ国家は、エジプトだけではない。イラクでは03年以降、首都バグダッドだけでキリスト教徒900人以上(大半は少数民族のアッシリア人)がテロ攻撃で殺害され、70のキリスト教会が焼かれたと、アッシリア国際通信(AINA)は報告している。
多くのキリスト教徒が国外へ逃げ、03年以前に100万人強いた彼らは今や50万人を下回る。「イラクのアッシリア人に対するジェノサイドまたは民族浄化の初期段階」だと、AINAは危惧している。
パキスタンでは、人口約1億7000万人の1・6%を占めるにすぎないキリスト教徒が、イスラム過激派だけでなく冒とく法にも脅かされている。
キリスト教の祈祷も違法
その過酷さを示すいい例が、10年に東部パンジャブ州のキリスト教徒女性が、イスラム教の預言者ムハンマドを冒とくした容疑で死刑を宣告された事件だ。女性の死刑回避を主張していた同州のサルマン・タシール知事は、昨年1月に自らの警護官に撃たれて死亡した。
犯人の警護官はイスラム教指導者らに「英雄」とたたえられた。昨年末、警護官に死刑判決を下した裁判官は現在、命の危険があるとして身を隠している。
こうした話はパキスタンでは珍しくない。冒とく法に背いていると疑われれば、残酷な目に遭う。身をもって思い知らされたのが、キリスト教系の援助団体ワールド・ビジョンだ。10年3月、北西辺境州(現在のカイバル・パクトゥンクワ州)にある同団体の事務所が襲撃され、職員6人が殺害された。犯行声明を出したイスラム教武装勢力によると、襲撃の理由はイスラム教打倒のために活動しているから、だった。
世界で最も寛容で民主的なイスラム教多数派国家と言われるインドネシアも「キリスト教恐怖症」の感染を免れていない。米紙クリスチャン・ポストの資料によれば、同国の宗教少数派(そのうち最も多いのはキリスト教徒)を狙った暴力事件は10年の198件から、11年には276件と40%近く増加した。
迫害は繰り返され、どこまでも広がりかねない。なかでも極端さで突出しているのがサウジアラビアだ。キリスト教徒の外国人労働者が100万人以上在住するにもかかわらず、この国では個人的にキリスト教の祈祷をすることさえ違法だ。キリスト教徒の自宅は定期的に強制捜査され、冒とく罪で訴えられても、その裁判証言はイスラム教徒と同じ法的効力を持たない。