最新記事

医学

免疫が切り拓く「がん治療」最前線

2012年4月16日(月)13時54分
シャロン・べグリー(サイエンス担当) 井口景子、高木由美子、知久敏之(本誌記者)

3大療法との併用で相乗効果を

 ただし万人向けに人工合成された癌ワクチンの抗原が、必ずしも自分の癌の抗原と同じとは限らない。「多くの人に最大公約数的に効く目印を何種類か用意し、どれかは当たるだろうというのが癌ワクチンだ」と、九州大学先端医療イノベーションセンターで免疫細胞治療を専門に行う高石繁生准教授は言う。「大量生産できる点で優れている一方、患者の持つ目印と一致しなければ効果は期待できないため、事前の確認が不可欠だ」

 その点、手術で摘出した本人の癌細胞を直接、抗原として使う樹状細胞ワクチン療法(免疫細胞治療の一種)は、究極のテーラーメイド治療と言える。

 まず患者の血液を採取し、そこから得た樹状細胞に本人の癌細胞に含まれる抗原の特徴を教え込む。その樹状細胞を注射で体内に戻すため、より正確な目印をキラーT細胞に伝えられる。

 一方、司令塔を「教育」する代わりに癌と闘う「戦闘部隊」そのものをパワーアップさせる方法もある。代表的なのは、癌を含むすべての異常な細胞を攻撃するT細胞を体外で増殖させた上で体内に戻すアルファ・ベータT細胞療法。さらに、司令塔の役割も持ち、異常細胞を幅広く攻撃するタイプの細胞を増やして戻すガンマ・デルタT細胞療法などもある。

 専門的過ぎて、どの方法がいいのか分からない? 心配は要らない。抗原の現れ方や免疫細胞の状態を調べることで、その人の癌に最も効きそうな方法をある程度判断できるという。

 さらに心強いのは、どの方法にせよ免疫治療には目立った副作用がほとんどないことだ。抗癌剤や放射線治療は癌細胞を直接的にたたく力が高い一方、吐き気や脱毛などの副作用が起きやすく、免疫機能にも大きなダメージを与える。繰り返し使ううちに癌細胞が抵抗力を獲得し、治療効果が弱まる場合もある。

 その点、免疫治療は人体にもともとある免疫機能を利用するため副作用が出にくい。おかげで患者はQОLを維持しながら、癌のあらゆるステージで繰り返し治療を受けることができる。「難治癌であっても、QOLを守りつつ癌の進行を遅らせたり止める効果を期待でき、癌と共に生きていくことが可能だ」と九州大学の高石は言う。

 患者の負担を減らしてQOLを守るという免疫治療の特徴は、最近の癌治療のトレンドに沿ったものでもある。腫瘍をピンポイントで狙う放射線照射など、3大療法でも負担の軽減は重要なテーマになっている。

 3大療法と併用できる点も強みの1つだ。放射線やある種の抗癌剤には癌に対する免疫の働きを高める作用があり、免疫治療との併用で相乗効果が望める。また手術で腫瘍を取り除いた後に、画像診断では分からない微小な癌細胞をたたいて再発や転移を防ぐ効果も期待でき、3大療法を支える基盤になり得る。


癌ワクチンはこうして癌をたたく
癌ワクチンは患者自身の免疫システムに働き掛けて癌細胞を攻撃するため、副作用が少ない。そのメカニズムを、4つの段階に分けて説明しよう。 DW92864_1b.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ブラジル、所得税改革発表 レアル最安値に急落

ワールド

台湾軍が防空訓練実施、総統の外遊控え

ワールド

訂正韓国中銀、2会合連続で0.25%利下げ 据え置

ビジネス

読売新聞の株価指数、投資商品の選択肢増加は望ましい
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老けない食べ方の科学
特集:老けない食べ方の科学
2024年12月 3日号(11/26発売)

脳と体の若さを保ち、健康寿命を延ばす──最新研究に学ぶ「最強の食事法」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    リュックサックが更年期に大きな効果あり...軍隊式トレーニング「ラッキング」とは何か?
  • 3
    黒煙が夜空にとめどなく...ロシアのミサイル工場がウクライナ無人機攻撃の標的に 「巨大な炎」が撮影される
  • 4
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 5
    「健康食材」サーモンがさほど健康的ではない可能性.…
  • 6
    「健康寿命」を2歳伸ばす...日本生命が7万人の全役員…
  • 7
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 8
    バルト海の海底ケーブル切断は中国船の破壊工作か
  • 9
    未婚化・少子化の裏で進行する、「持てる者」と「持…
  • 10
    谷間が丸出し、下は穿かず? 母になったヘイリー・ビ…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 7
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 10
    リュックサックが更年期に大きな効果あり...軍隊式ト…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中