免疫が切り拓く「がん治療」最前線
3大療法との併用で相乗効果を
ただし万人向けに人工合成された癌ワクチンの抗原が、必ずしも自分の癌の抗原と同じとは限らない。「多くの人に最大公約数的に効く目印を何種類か用意し、どれかは当たるだろうというのが癌ワクチンだ」と、九州大学先端医療イノベーションセンターで免疫細胞治療を専門に行う高石繁生准教授は言う。「大量生産できる点で優れている一方、患者の持つ目印と一致しなければ効果は期待できないため、事前の確認が不可欠だ」
その点、手術で摘出した本人の癌細胞を直接、抗原として使う樹状細胞ワクチン療法(免疫細胞治療の一種)は、究極のテーラーメイド治療と言える。
まず患者の血液を採取し、そこから得た樹状細胞に本人の癌細胞に含まれる抗原の特徴を教え込む。その樹状細胞を注射で体内に戻すため、より正確な目印をキラーT細胞に伝えられる。
一方、司令塔を「教育」する代わりに癌と闘う「戦闘部隊」そのものをパワーアップさせる方法もある。代表的なのは、癌を含むすべての異常な細胞を攻撃するT細胞を体外で増殖させた上で体内に戻すアルファ・ベータT細胞療法。さらに、司令塔の役割も持ち、異常細胞を幅広く攻撃するタイプの細胞を増やして戻すガンマ・デルタT細胞療法などもある。
専門的過ぎて、どの方法がいいのか分からない? 心配は要らない。抗原の現れ方や免疫細胞の状態を調べることで、その人の癌に最も効きそうな方法をある程度判断できるという。
さらに心強いのは、どの方法にせよ免疫治療には目立った副作用がほとんどないことだ。抗癌剤や放射線治療は癌細胞を直接的にたたく力が高い一方、吐き気や脱毛などの副作用が起きやすく、免疫機能にも大きなダメージを与える。繰り返し使ううちに癌細胞が抵抗力を獲得し、治療効果が弱まる場合もある。
その点、免疫治療は人体にもともとある免疫機能を利用するため副作用が出にくい。おかげで患者はQОLを維持しながら、癌のあらゆるステージで繰り返し治療を受けることができる。「難治癌であっても、QOLを守りつつ癌の進行を遅らせたり止める効果を期待でき、癌と共に生きていくことが可能だ」と九州大学の高石は言う。
患者の負担を減らしてQOLを守るという免疫治療の特徴は、最近の癌治療のトレンドに沿ったものでもある。腫瘍をピンポイントで狙う放射線照射など、3大療法でも負担の軽減は重要なテーマになっている。
3大療法と併用できる点も強みの1つだ。放射線やある種の抗癌剤には癌に対する免疫の働きを高める作用があり、免疫治療との併用で相乗効果が望める。また手術で腫瘍を取り除いた後に、画像診断では分からない微小な癌細胞をたたいて再発や転移を防ぐ効果も期待でき、3大療法を支える基盤になり得る。
癌ワクチンはこうして癌をたたく
癌ワクチンは患者自身の免疫システムに働き掛けて癌細胞を攻撃するため、副作用が少ない。そのメカニズムを、4つの段階に分けて説明しよう。