欧州に戻ってきたフーリガンの悪夢
欧州選手権予選を中止に追い込んだ暴徒は、「民族浄化」組織の系譜を引くセルビアの極右グループだった
悪しき伝統 欧州サッカーと極右には長い歴史がある(10月12日の試合は暴徒の乱入で中止になった) Alessandro Garofalo-Reuters
10月12日、サッカー欧州選手権予選のイタリア対セルビア戦が暴動のせいで中止になった。「犯人」は代表チームの試合を観戦するためにイタリアのジェノバまでやって来たセルビア人の極右グループだ。
いや、彼らはもともとサッカーを見る気などなかった。試合は、キックオフからわずか6分で中止になったのだから。
暴徒たちは発煙筒をピッチに投げ込み、イタリア人サポーター席との間に設けられたフェンスを金属製の棒でたたき壊そうとした。黒いスキー帽を頭からすっぽりかぶった巨漢の男が観客席とピッチを隔てる強化ガラス製の柵によじ登り、ナチス式の敬礼を何度か繰り返した。
イタリアの治安警察が暴徒を包囲すると、彼らはアルバニア国旗に火を付け、「コソボはセルビアのものだ」と書かれた横断幕を広げてみせた(アルバニア系住民が多数のコソボは08年、セルビアから独立を宣言した)。
セルビア人の極右グループは試合前にも街頭で警察と衝突し、自国の代表チームを乗せたバスを襲撃していた。にもかかわらず、彼らはスタジアムへの入場を許され、ナイフや爆発物も没収されなかった。
セルビアの首都ベオグラードでは試合の数日前にも、フーリガン(熱狂的かつ暴力的なサッカーファン)を中心とする数百人の暴徒がゲイ(同性愛者)のパレードを襲い、車に火を放ち、警官に投石する事件があった。
今年1月から、EU(欧州連合)加盟国を訪れるセルビア人は原則としてビザ取得を免除されたため、この手の連中が代表チームを追い掛けて容易に移動できるようになった。それでもイタリア・サッカー協会は特別な対策を講じなかったようだ。
ヨーロッパのサッカーと極右グループの暴力──両者の結び付きは長い歴史を持つ。イタリアの独裁者ムソリーニは1934年のワールドカップ(W杯)をファシスト党の宣伝に使い、スペインのフランコ政権は名門クラブのレアル・マドリードを体制強化に利用した。近年はフーリガンの暴走が試合の主催者と一般のファンを悩ませている。
サッカーというスポーツが人間を暴力的にしたり政治的にしたりするわけではないが、サッカーの試合では明確な象徴性と戦闘的ムード、強烈な愛国心が1つに結合する。
経済的・政治的苦境にあえぐ国では、このような火種が燃え上がりやすい。そして一部の過激な政治組織にとって、サッカーの試合は貧困と怒りを抱えた失業者の若者を仲間に引き入れる格好の機会だ。