最新記事

イギリス

「鉄の男」キャメロンの超緊縮改革

2010年10月21日(木)16時10分
ウィリアム・アンダーヒル(ロンドン支局)

 ギリシャをはじめとする世界各地の財政危機に怯えた多くのイギリス人は、緊縮財政が必要だという事実を受け入れ、イギリス社会をつくり直す貴重な機会をキャメロンに与えている。「赤字削減のために明確かつ信頼できる計画を立てて実行することが......極めて重要だ」と、イングランド銀行(英中央銀行)のマービン・キング総裁は先週、明言した。

ばらまき福祉の重いツケ

 イギリスの納税者が負担するのは、国の労働人口の20%以上にまで膨れ上がった公務員の給料だけではない。社会の至る所に複雑極まりない形で増殖した、社会福祉制度も支えなければならない。

 例えば失業手当の基本支給額は週100ドルにすぎないが、市民の収入に関係なく恩恵がばらまかれ、社会福祉制度全体で公的支出の約30%を食いつぶしている。60歳以上の市民の大半は無料でバスに乗ることができ、最大600ドルの「冬季燃料手当」ももらう。

 富裕層の親でも子供1人につき週最大30ドルの「子供手当」が出る。イギリスの2000万世帯のうち約400万世帯には収入がない。「市民はカネを使い過ぎ、国は世話を焼き過ぎていることを、私たちは理解しつつある」と、保守系シンクンタンク「政策交換」のナタリー・エバンズは言う。

 問題は、歳出削減による影響が具体的に表れ始めても、国民の支持を維持できるかどうかだ。最新の世論調査では有権者の53%が、政府の経済運営はうまくいっていると答えている。保守党の支持率は6月から39%を維持している。

 しかし一方で有権者の4分の3以上が、キャメロンの財政削減計画のペースと規模に不満を感じている。近いうちに経済がうまくいかなくなるだろうと思う人は、12ポイント増えて65%に達している。

 予算の削減は、どこで強気を貫き、どこで譲歩するかという難しい判断を迫られる。キャメロン政権は早くも、就学前児童へのミルクの無償配布をめぐり、廃止案の撤回を余儀なくされた(サッチャーも教育相だった71年に小学生を対象とする同様の補助を削減し、「」と呼ばれた)。

 専門家の見解は二分されている。今すぐ大規模な赤字削減を断行すれば、イギリスを深刻な不況に引き戻しかねないと懸念する声も多い。「マクロ経済において、この100年で最大の過ちとなるだろう」と、元イングランド銀行金融政策委員で米ダートマス大学教授のデービッド・ブランチフラワーは言う。

 これに対し、心配し過ぎだという見方もある。「(予算の)25%削減は現状と比べたら極端に見えるが、(キャメロンとオズボーンは)合理的なやり方で取り組んでいる」と、英ヨーク大学の経済学者ピーター・スペンサーは言う。「本当に厳しい削減策が実施されるのはもっと後だ。できればその頃には経済が持ち直して、体力がついていてほしい」

 IMF(国際通貨基金)のドミニク・ストロスカーン専務理事は9月13日にオスロで開かれた会合で、景気後退に見舞われたすべての政府は、世界経済が安定するまでは均衡予算より雇用創出に集中するべきだと警鐘を鳴らした。「経済成長だけで、必要な分の雇用が自動的に創出されるだろうと考えるべきではない」

個人が責任を取る社会

 今のところ最終決定権はキャメロンが握っているように見える。保守党と連立政権を組む自由民主党は多くの争点で「キャメロン主義」に比べて左寄りだが、7ページに及ぶ連立合意文書は、双方の野心を牽制し合うためというより詳細な行動計画だったようだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中