最新記事

南アフリカ

ワールドカップに蹴り出された人々

大陸初のW杯開催の名の下に行われた都市部の強引な「再開発」。スラムさえ追われた貧困層は、さらに劣悪で見えない場所に隠されている

2010年7月1日(木)15時09分
クリストファー・ワース

隔離されて トタン板の仮設住宅た建ち並ぶ通称「ブリキ缶の町」(5月3日) Per-Anders Pettersson/Getty Images

 おこした火は消えかけている。見守るビクター・ガンビの目が悲しい。

 ここは南アフリカ最大の都市ヨハネスブルク。改装されたエリスパーク・スタジアムの裏に隠れた空き地だ。このスタジアムは、6月11日から始まるサッカーのワールドカップ(W杯)会場の1つ。南アフリカ政府は、この世界最大のスポーツイベントで多くの国民が貧困から脱け出せるとうたってきた。

 しかし日雇い労働者のガンビ(35)に言わせれば、状況は悪くなる一方だ。南アフリカが第19回W杯の開催地に決まると、程なくして彼らの暮らす競技場周辺地域にも「再開発」の波が押し寄せた。外国からの観戦客を受け入れる準備の一環だった。

 彼が不法居住していた廃ビルは昨年後半に壊された。今は廃墟の一角に粗末な小屋を建てて暮らしている。地元民たちはこの場所を、自嘲気味に「バグダッド」と呼ぶ。不法占拠とはいえ10年以上も続けてきた廃ビルでの静かな暮らしを、彼らから奪ったのはW杯だ。

 「私たちを隠したいんだ。ヨーロッパ人にここの住民を見せたくないから、ぼろ家を壊したんだ」とガンビは言う。大会が始まる頃には、彼らの小屋も強制撤去されているだろう。

 市当局は、取り壊しは大会開催が理由ではないと言う。にもかかわらず、W杯のせいで家を奪われたという悲鳴が全国各地から聞こえてくる。

 地元メディアは、警察がホームレスを集めて遠い場所に隔離していると非難し(警察は否定)、南部の都市ケープタウンの住民はスラム街から強制的に郊外の仮設住宅キャンプに移されたと訴えている。この訴えも、市当局は事実無根と否定。だが大掛かりなスポーツイベントの開催前に、昔ながらの住民が強制退去させられるのは、これが初めてではない。

 88年のソウル五輪ではソウル市民の推定15%が再開発のために移住させられた。20年後の08年北京五輪では、100万人をはるかに超える住民の家が取り壊されたとされる。

下方修正された経済効果

 国連の住宅に関する特別報告官ラクエル・ロルニクは、大規模イベントが及ぼす副作用に関する最近の報告で、ケープタウンなどでは外国人客の目を意識した市内「浄化」の過程で人権無視の行為が頻発していると指摘している。

 W杯をアフリカ大陸で初開催するに当たり、南アフリカ当局は別な夢を描いていた。当初は同国に約2500万人いる貧困者の生活向上の機会として捉え、社会の底辺にいる人々の利益になるような開発計画を立てた。

 以来、40億ドル以上がスタジアムの建設、空港や社会基盤の整備に投じられた。ところが最近になって、南アフリカ政府の閣僚たちは大会の経済効果を下方修正し始めた。大会が終われば最新鋭のスタジアムも役立たずの「箱物」になるだけだという声も出ている。

 何しろ世界的な景気後退で、予想される外国人観客数が25%近くも減った(現在の推定では37万3000人)。またFIFA(国際サッカー連盟)の要請で、会場周辺の広大な地域が公式スポンサーのマクドナルドやコカ・コーラなどの独占販売区域に指定された。大会は1カ月続くので、露天商への打撃は大きい。

 ジェイコブ・ズマ大統領は国民に、外国からの客人には国内の窮状を見せないよう求めてきた。しかし今や、強制立ち退きや生活苦に抗議するデモが各地の都市やスラム街で発生している。

 住民の不満が最も顕著なのはケープタウンだろう。ロルニクの報告によると、ケープタウンから寄せられる不満の手紙は南アのどの都市よりも多いという。そうした訴えによると、強制退去させられた住民は市から16キロ以上も離れた「ブリキ缶の町」と呼ばれる仮設キャンプに移されている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、いかなる攻撃も「全面戦争と見なす」 米空母

ワールド

申し上げられることはない=NY連銀のレートチェック

ワールド

米軍、西半球国防当局者会議を2月11日に主催

ワールド

EU、平和評議会のトランプ氏への権限集中に「深刻な
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰に地政学リスク、その圧倒的な強みとは?
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 5
    「楽園のようだった」移住生活が一転...購入価格より…
  • 6
    「外国人価格」で日本社会が失うもの──インバウンド…
  • 7
    麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投…
  • 8
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 9
    私たちの体は「食べたもの」でできている...誰もが必…
  • 10
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 1
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 2
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 3
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味を帯びる「超高齢化」による「中国社会崩壊」
  • 4
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 5
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 6
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 7
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 8
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 9
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 10
    韓国が「モンスター」ミサイルを実戦配備 北朝鮮の…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 7
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 10
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中