最新記事

南アフリカ

ワールドカップに蹴り出された人々

2010年7月1日(木)15時09分
クリストファー・ワース

 恐ろしく広いこのキャンプはコンクリート塀に囲まれ、砂利の敷地に約1700のトタン製の小屋が建てられている。

 住民の居住権を守る活動家は、学校や職場から遠い場所への強制移住は人権侵害だと主張。移住させられた人たちも、警察の手荒い扱いや劣悪な環境を訴える。

「もっとましな場所はなかったのか?」と、フランシスコ・グリーンは言う。ここに収容される前は、家族と共に市内のスタジアム周辺にある簡易宿泊所に勝手に住み着いていた。「前の場所のほうがはるかによかった。ここで寒い冬を越さなきゃならない。最悪だな」

貧困撲滅=スラム一掃?

「ブリキ缶の町」の数誅先に、不法居住者の掘っ立て小屋が並ぶ広大なスラム「ジョー・スロボ」地区がある。国際空港からケープタウン市内に向かう高速道路沿いに位置するこのスラムは、いわば玄関口にあるゴミため。04年にW杯招致が決まると、南アフリカ政府は早速、試験的なケースとしてこのスラムの撤去に取り掛かった。

 当初の計画では、この地区の小屋をすべて解体し、2万人ほどの住民を仮設キャンプに移すことになっていた。反対派の住民が訴訟を起こし、09年に同国の最高裁に当たる憲法裁判所の裁定で住民側の補償請求が認められた。政府はカネが掛かり過ぎるとして計画を断念。しかし、それ以前に退去した数千人の住民は救われない。

 W杯招致が決まらなくても、スラムの強制撤去は行われていたかもしれない。アパルトヘイト(人種隔離政策)時代には、非白人は土地や家を所有できず、都市に住むことも禁じられていた。94年にネルソン・マンデラが大統領に就任し、アフリカ民族会議(ANC)主導の政権が発足すると、低所得者向けに政府が住宅を供給する政策が打ち出された。

 現実には、この住宅政策のおかげで多くの貧しい黒人が都市スラムから追い出され、都心から遠く離れた低所得者向け集合住宅で暮らす羽目になった。しかも、集合住宅が建設されたのは初めのうちだけ。資金不足と事務手続きの停滞で、今では多くの場合、スラムを出た人々を仮設キャンプに収容するだけで終わっている。中には「ブリキ缶の町」よりはるかに劣悪なキャンプもあるという。

 ローズ大学(グレアムズタウン)のリチャード・ピットハウスによると、東部の都市ダーバンでは今、強制退去に抵抗する住民の訴訟が100件起きているが、いずれもW杯の開催とは関係ない。W杯のせいだと騒いでいるのはメディアだけだと、ピットハウスは言う。「大きなイベントが強制退去につながるという見方が広がっているのは問題だ。W杯招致が決まるずっと前から立ち退きはあったし、W杯後もずっとある」

 南アフリカはスラムの生活改善を目指す国連のミレニアム開発目標をはき違えている、と言うのはウィットウォーターズランド大学(ヨハネスブルク)のマリー・ハチャーマイヤーだ。国連はスラムに水道や電気を供給するよう求めているのに、南ア政府はスラムの根絶を目標にしているからだ。

 ハチャーマイヤーが心配しているのは、2014年までに主要都市からスラムを一掃するという南アの目標を、ほかのアフリカ諸国が見習っていることだ。都市人口の大多数がスラムに暮らすアフリカで南ア方式が広まれば、膨大な数の人々が住居を追われかねない。

観戦客に現実を訴えたい

 途上国がスポーツイベントの招致に躍起になれば、スラム一掃の動きに拍車が掛かると、国連のロルニクは警告する。国連の調査によると、今秋にコモンウェルス・ゲームズ(英連邦競技大会)が開かれる予定のインドのデリーでは、既に30万人以上が立ち退きを迫られたという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

NZ中銀、12月から住宅ローン規制緩和 物件価格低

ビジネス

先週以降、円安方向で急激な動き=為替で加藤財務相

ビジネス

ステランティス、第3四半期販売台数が13%増 7四

ワールド

ミャンマー総選挙、ASEANが監視団派遣を議論へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃をめぐる大論争に発展
  • 4
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 9
    ウィリアムとキャサリン、結婚前の「最高すぎる関係…
  • 10
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中