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欧州

満たされたドイツの現状維持症候群

2010年4月15日(木)17時04分
シュテファン・タイル(ベルリン支局長)

 それでも、経済や人口統計をめぐる現実は変わらない。国内で現状維持を図れば、ドイツは斜陽を迎えるだけ。改革に手を付けないまま経済が弱体化すれば、ヨーロッパ経済の回復を牽引する原動力にもなれない。

 国際社会においては、メルケルはドイツの国益を積極的に主張しているようにみえる。にもかかわらず将来を見据えたグローバルな外交政策を打ち出さず、国際社会のリーダー役を回避して孤立主義路線を貫いている(温暖化対策など数少ない例外もあるが)。

 いい例が、国外派兵だけでなく民生支援分野でのリーダーシップ発揮にも及び腰な外交姿勢だ。ドイツ軍はアフガニスタン駐留を続けているものの、計5350人のドイツ軍部隊が戦闘で果たす役割は限定的。メルケルは09年9月にようやく、議会演説でアフガニスタン戦争について触れた。

 政界やメディアのエリート層の間でも、戦後ドイツがそれまでの反動で平和主義に走ったことが災いし、戦略的対話が驚くほど欠如している。ドイツの平和主義は長年、戦争や紛争の汚れ仕事を他国に押し付ける原因にもなってきた。

 ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の後遺症である倫理的潔癖症が招いたこうした態度は、国際社会の現実やドイツの関与強化を求める声と衝突しっ放しだ。国連安全保障理事会の常任理事国になるというドイツの目標とも相いれない。

近視眼的な論議ばかり

 貿易重視の輸出大国であるドイツは(中国を除けば)アメリカを究極の守護者とする世界秩序において最大の恩恵を享受している国だ。しかしパックス・アメリカーナ(アメリカによる平和)後の世界で、ドイツがどんな役割を果たし、どんな貢献をするかという論議は周到に回避している。

 アメリカの財力が弱くなれば、冷戦時代の合意を維持できなくなり、ヨーロッパはアメリカに安全保障を「外注」できなくなるかもしれない。だがドイツは21世紀型の協力体制を目指すNATO(北大西洋条約機構)の改革を阻み、EUの外交・安全保障政策にも目に見える貢献をしていない。

 2月、ある機密メモがリークされた。それによると、リスボン条約に基づく新たなEUの外交体制に対してドイツが最も懸念しているのは、イギリスの外交官にポストを与え過ぎだという点らしい。

 安全保障の未来をめぐる論議をドイツが避け続けていることは、ギド・ウェスターウェレ外相が推進する計画にもうかがえる。ドイツに今も配備されているアメリカの核弾頭を撤去して「平和と軍備縮小」のリーダーになろう──。こうした提案は80年代的思考の産物であり、イランやパキスタンがヨーロッパの安全保障を脅かしている21世紀的現状をほとんど反映していない。

 トルコのEU加盟についての戦略的論議も存在しない。EUが安全保障分野でグローバルプレーヤーになるには、トルコの加盟が欠かせないという考えは今や世界の常識になっている。

イスラム教国の加盟に懸念

 だが大半のEU諸国と同じくドイツでも、優先されるのはイスラム教国を仲間に迎えることへの懸念のほうだ。国民の間に広がるそうした懸念を払拭してトルコ加盟への支持を獲得するには、政府のリーダーシップが必要だ。ユーロ導入からEUの東方拡大まで、ヨーロッパの発展に向けた一連の戦略的行動で発揮した指導力を、政府は再び示さなければならない。

 ドイツの指導者が国内外でリーダーシップを発揮したがらないのには、それなりの理由がある。EU内においてドイツが単独で、あるいはフランスなど伝統的なパートナー国と一緒に事を推し進めようとすれば、ほかの加盟国は威圧的態度だと反発しかねない。

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