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満たされたドイツの現状維持症候群

2010年4月15日(木)17時04分
シュテファン・タイル(ベルリン支局長)

 メルケルが国内で直面している抵抗はさらに大きい。ドイツの政治制度には停滞や障害が付き物。メルケルが何かを成し遂げられるのが不思議なくらいだ。極度に保守的で変化を恐れる有権者は自分たち同様、変革や対外関与を嫌う政治家を好む傾向がある。

 だが、流れが変わり始めた兆しもかすかながら見えている。これからはメルケルも指導力を発揮しやすくなるかもしれない。

 アレンスバッハ世論調査研究所の政治アナリスト、トーマス・ペーターセンによれば、ドイツ国民の間では故国を誇りに思う気持ちがこれまでになく強まっている。こうした自尊心はドイツ人に、以前のようなアレルギー的拒否反応を示すことなく「指導権」や「権力」という言葉と向き合う余裕を与えるかもしれない。

 09年9月、ドイツでは軍事力の行使の是非をめぐって前例のない論議が巻き起こった。ドイツ軍司令官が命じた空爆でアフガニスタン人142名が死亡し、その多くが民間人だったためだ。

薄れ始めた権力への抵抗

 アフガニスタン駐留への反対論は根強いものの、世論調査では、ドイツ軍の活動を支持する人の割合は減るどころか増える一方。ドイツ人は権力や安全保障や地政学という概念を再び受け入れる方向へゆっくり向かっていると、NATO国防大学(ローマ)のヤン・テシャウ研究員は言う。

 これまでのところ、ドイツのやり方は賢明(かつ有益)なものだった。ヨーロッパの中央に位置し、後ろ暗い過去を持つ超グローバル化した経済大国にとって、武力行使を回避するソフト路線はそれほど悪い戦略ではなかった。

 世界経済フォーラムの最新版の世界競争力ランキングで、ドイツは7位に入っている。つまり、これからも大国として繁栄を続けるための潜在能力は十分だということ。少なくとも理論上はそうだ。

 だが現実には、変化なくしてそんな未来は手に入らない。国内外において現状維持をよしとする政治的・文化的勢力に打ち勝つために、指導者は明確なビジョンを示さなければならない。今こそ、メルケルの指導力の出番だ。

[2010年3月17日号掲載]

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