最新記事

途上国

アジア経済の落ちこぼれ、フィリピン

経済成長でアジア諸国に大きく後れを取ったこの国は、5月の大統領選挙をきっかけに変われるのか

2010年3月2日(火)12時55分
ルチル・シャルマ(モルガン・スタンレー・インベストメント・マネジメントの新興市場部門責任者)

 フィリピンは世界の経済成長から取り残されてきた。60年代、フィリピンの1人当たり国民所得はアジア第2位で、その上に位置するのは日本だけだった。だがそれから10年たつ頃には韓国と台湾に追い越され、80年代にはマレーシアとタイに抜かれた。90年代後半には中国にも追い抜かれた。

 そして今、フィリピンの多くのエリートたちが自分の生きている間にはまさか起きないだろうと思っていた事態が起きた。インドネシアにも抜かれたのだ。

 先日、12年ぶりに首都マニラを訪れて分かったのはほとんど何もかも昔のままだったこと。以前と同じホテルに泊まったのは選択肢がほかになかったためだ。

 フィリピンの産業は相変わらず一握りの同族会社に牛耳られていた。50年代に原型が誕生したジープニー(ジープを改造した簡易乗り合いバス)が今も庶民の足として道路を走っている。アジアの多くの都市では真新しい空港が誇らしげに外国人を待ち受けているが、マニラを訪れた国際線の乗客は70年代の産物である古びた空港に迎えられる。

 こうした光景は50〜60年代にビルマ(ミャンマー)やスリランカと共にアジアの期待の星だったフィリピンの凋落を示している。長期プロジェクトが頓挫することが多く、人的資源と天然資源が豊富でも経済を発展させられない国もあるということが、フィリピンを見ればよく分かる。

インドネシアとの違い

 70〜80年代のブラジルや最近のタイのように、好景気が数年続いた後、行政機能が貧弱で政治家に改革の手腕が不十分なため失速した国は少なくない。

 フィリピンは50〜60年代に平均6%の経済成長を遂げたが、それに続く投資主導型の好景気を呼び込む機会を逸した。政情が常に不安定で、経済の自由化も不首尾に終わったためだ。

 フィリピンのGDP(国内総生産)に占める投資の比率は現在、第二次大戦後最低の15%。マルコス政権が倒れた後、経済規模は毎年平均して4%ずつ成長してきたが、人口が年2%以上増えていることを考えれば実質的な成長は微々たるものだ。

 新空港のオープンが先延ばしになっているのもフィリピンらしい不手際だ。当初は02年に開港する予定だったが、プロジェクトの主要契約者と政府の意見が対立し、完成が遅れている。この計画をめぐる論争を見ても、フィリピンでは法律が極めて主観的に解釈され、ゲームの途中でルールが変更されるケースが多いことが分かる。

 外国直接投資(FDI)が不活発なのも無理はない。10年前、インドネシアとフィリピンのFDIは共に年間10億ドル強だった。09年にはインドネシアのFDIは80億ドル近くに達したが、フィリピンのFDIは年間12億ドル程度で、90年代後半からほぼ横ばいだ。自動車販売台数やセメント消費量といった指標も同様で、フィリピン経済は停滞し続けている。

 目下の問題は、5月に予定されている大統領選が04年のインドネシア大統領選のような変化をもたらすかどうか。インドネシアではスシロ・バンバン・ユドヨノが勝利したことで新たな風が吹いた。

 6年前、インドネシアとフィリピンの1人当たり国民所得にはあまり差がなかった。政治状況の混乱や国内の消費者基盤の未発達など共通点も多かった。

1000万人が国を去る

 インドネシアは経済の舵取りが完璧だというわけではないが、ここ数年は健闘している。政情がやや安定し、基本的な経済改革をある程度実行すれば、低所得国でも経済成長を軌道に乗せられるということだ。自由で公正な大統領選を実施することでフィリピンは新たな1歩を踏み出せる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

貿易分断で世界成長抑制とインフレ高進の恐れ=シュナ

ビジネス

テスラの中国生産車、3月販売は前年比11.5%減 

ビジネス

訂正(発表者側の申し出)-ユニクロ、3月国内既存店

ワールド

ロシア、石油輸出施設の操業制限 ウクライナの攻撃で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中