最新記事

環境経済

温暖化コストはハウマッチ?

会計学で言う「割引率」をどう決めるかで、炭素排出の経済的ダメージ予測には天と地の差がつく

2010年1月7日(木)16時00分
バレット・シェリダン(本誌記者)

 先頃、英イースト・アングリア大学の気候研究機関の科学者の電子メールが大量流出する事件が発生。その一部には科学者がデータを作為的にいじった証拠が書かれているとして、大騒動になっている。地球温暖化は捏造なのか?

 だが気候変動に関する科学の成熟度から判断する限り、答えは明らかにノー。いま問うべきなのは次なる大疑問だ。果たして温暖化のダメージはどれほどなのか。

 温室効果ガスの排出を規制しなければ、温暖化のコストは国民1人当たり年間収入の2割に達する可能性がある。そう主張するのはイギリスの経済学者で、英政府の支援の下、温暖化が世界経済に与える影響を考察した報告書「スターン・レビュー」(06年)を手掛けたニコラス・スターンだ。

 実に恐ろしい予測ではないか。生活水準がそこまで下がるのは歴史上例がない。しかし、パニックに陥るのはまだ早い。

 米エール大学の経済学教授ウィリアム・ノードハウスによれば、温暖化コストは世界の年間GDP(国内総生産)総額の2.5%という線が有力。大変な数字ではあるが、破滅的とはいえない。オランダの経済学者リシャルト・トルに至っては、100年分の気候変動が経済に与える影響は「比較的小規模」で、「1〜2年分の経済成長の規模と同等」と言う。

 三者三様の予測の数字はあまりに異なる。コスト予測は所詮、予測にすぎないと思うかもしれないが、そこに含まれる意味は大きい。

無策でも2075年までは安泰?

 12月7日から、デンマークのコペンハーゲンで国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)が開かれている。同会議には大きな成果は望めないものの、アメリカも中国も今や、キャップ・アンド・トレード方式による温室効果ガスの排出権取引の採用や炭素税導入に向けて動いている。

 こうした制度が効果を挙げるには、排出者が真の「炭素の社会的費用」を償う仕組みでなければならない。言い換えれば、彼らが排出した分の炭素が与えるダメージの量を測り、それに見合う負担を課す必要があるということだ。

 だが、コストの計算は簡単ではない。最大の原因は、ダメージが表れるのがずっと先だということ。排出された二酸化炭素(CO2)は100〜500年にわたって大気中に存在し続ける。

 排出削減努力を行わず、現在のペースで経済成長を続けても気候変動のダメージは少なくとも2075年まで微々たるものにすぎない。温暖化コストに関する研究はほぼ例外なくそう指摘する。

 多くの人が温暖化の悪影響を実感するまでにはあと100年、大掛かりな工事でダメージを抑制しようという動きが始まるまでにはそれ以上の年月がかかるだろう。エール大学のノードハウスが言うように、「100年後の堤防建設工事や高速道路移設工事のコストをどう見積もればいいのか」。

 答えとなるのが「割引率」という会計学の概念だ。これが今、気候変動の経済的コストをめぐる論議の争点になっている。

 金融の世界では、割引率(通常は現行金利)を用いて将来的な支払額の現在価値を算出する。例えば、マイクロソフトが1年後に配当金10ドルを支払うと株主に約束したとしよう。その額を現行金利(米プライムレートは現在3.25%)で割り引けば、現在価値は9.67ドルだと分かる。

あのスターン・レビューも「エセ科学」

 支払いが10年後なら、現在価値は7.26ドルだ。ただし、これは金利が10年間同じままだったらの話。現実には、そんなことはあり得ない。ノードハウスによれば「今はゼロ金利状態だが、81〜82年当時の実質金利は20%」だった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

資産差し押さえならベルギーとユーロクリアに法的措置

ワールド

和平計画、ウクライナと欧州が関与すべきとEU外相

ビジネス

ECB利下げ、大幅な見通しの変化必要=アイルランド

ワールド

台湾輸出受注、10カ月連続増 年間で7000億ドル
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 7
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 8
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 9
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 10
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中