最新記事

南米

ベネズエラ戦争準備はチャベスの幻惑

隣国コロンビアとの「対決」で支持率回復を狙う大統領の苦しい事情

2009年12月17日(木)13時13分
マック・マーゴリス(リオデジャネイロ支局)

 ベネズエラとコロンビアに戦争の暗雲が垂れ込めている。ベネズエラのウゴ・チャベス大統領は11月5日、コロンビアとの国境地帯に兵士1万5000人を派遣した。同地帯では警察や軍に加え、非正規軍やゲリラの関与も噂される武力衝突が相次いでいる。

 一方、赤シャツ姿のベネズエラ民兵は「青い国家」との「非対称戦争」に向けて準備中──YouTubeではそんな映像が公開され、反響を呼んでいる。

 11月8日には、チャベスが自ら出演する日曜日定例のラジオ・テレビ番組『アロー・プレジデンテ(こんにちは大統領)』で、最悪の事態に備えよと国民に警告。「祖国と社会主義に栄えあれ、さもなくば死を」、そうぶち上げたチャベスは「戦争準備こそ戦争回避のための最良の手段だ」と訴えた。

 対するコロンビアは、隣国ベネズエラを挑発する行為はしていないと主張している。それでも念のため国際社会に介入を求めた。

 だが、この派手な戦争準備宣言を真に受けてはいけない。チャベスの本当の目的は、故国を戦いに駆り立てることではなく目くらましをすること。支持率が急降下するなか、政治的苦境から脱しようとあがいているにすぎない。

 ベネズエラとコロンビアは、チャベスが大統領に就任した10年前から友好的とは言えない関係を続けている。コロンビアが動揺していないのもそのためだ。隣国が威嚇的な振る舞いをするのはいつものこと。革命を叫ぶ「ウゴ将軍」は同胞に厳戒態勢を強いるのがお好きらしい。

 両国の国民の多くも慌てず騒がず、隣国相手の商売にいそしんできた。おかげで最近まで、2国間の経済関係は好調だった。

 ベネズエラにとって、コロンビアはアメリカに次ぐ2位の貿易相手国で、食料や薬品の最大の輸入先だ。2国間貿易額は08年に76億ドルに達し、経済的利益がイデオロギーに優先する兆しだとの期待を抱かせた。だが続発する武力衝突を受けてチャベスが国境封鎖に踏み切って以来、コロンビアとの貿易は途絶えている。

電力や水の不足にあえぐ

 コロンビアは既に国連安全保障理事会に調停を求め、地域大国のブラジルも中南米と関係が深いスペインも警戒感を強めている。とはいえ、戦争が現実のものになる可能性は低いだろう。今回の騒動は国際問題ではなく、ベネズエラ国内の政治問題だからだ。

 ベネズエラでは物資や電力、水の不足が深刻化しており、チャベスは今や追い詰められた状態だ。専門家の間からは、ベネズエラが砲火を交えることは不可能で、「貧しい冷戦」を始めるのが精いっぱいだとの声が聞こえてくる。

 今回の臨戦態勢の引き金が何だったのかは不明だ。だがコロンビアのアルバロ・ウリベ大統領が今年8月、国内の基地7カ所の使用を米軍に認めると発表して以来、反米を叫ぶベネズエラとの関係は暗礁に乗り上げていた。

 コロンビアの主張によれば、アメリカとの軍事協力協定は半世紀近く前から続く麻薬・テロ対策活動の強化を目的としたものだ。それでも多くの中南米諸国がこの決定に怒り、アメリカの介入への懸念を募らせた。

 長年、ワシントンを悪魔のすみかと見なしてきたベネズエラもしかり。チャベスは『アロー・プレジデンテ』で、米軍はコロンビアの基地を足掛かりにベネズエラへ侵攻する気だとほのめかし、「必要とあればどんな手段も取る。ベネズエラは2度と植民地にならない」と米政府に警告した。

 とはいえこの一件は、最近になって加わった要因にすぎない。大きな動機となっているのはベネズエラ国内で広がる危機だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

スポット銀が最高値更新、初めて80ドル突破

ビジネス

先行きの利上げペース、「数カ月に一回」の声も=日銀

ワールド

米大統領とイスラエル首相、ガザ計画の次の段階を協議

ワールド

中国軍、30日に台湾周辺で実弾射撃訓練 戦闘即応態
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それでも株価が下がらない理由と、1月に強い秘密
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中