最新記事

安全保障

日米同盟に忍び寄る高齢化の脅威

少子高齢化による日本のパワーダウンに備えて、日米は今すぐアジア政策を見直すべきだ

2009年8月11日(火)15時30分
ブラッド・グロッサーマン(戦略国際問題研究所太平洋フォーラムのエグゼクティブディレクター)
角田智子(同フォーラムの元研究員)

老後の時代 高齢化と少子化は日本の社会と経済から競争力とエネルギーを奪っていく(東京・巣鴨) Yuriko Nakao-Reuters

 この半世紀、日米関係は、冷戦の終結や北東アジアにおける新しい脅威の台頭など、数々の試練をしぶとく乗り切ってきた。2月に麻生太郎首相と会った際にバラク・オバマ米大統領は日米同盟の重要性を強調し、日本とアメリカの関係を「東アジアの安全保障の礎」と呼んだ。

 しかしいま日本の社会で、この幸せな2国間関係の土台を揺るがしかねない大きな変化が起きつつある。アメリカにとってその影響は、8月30日の日本の総選挙で野党が勝つよりはるかに重大だ。その変化とは、日本社会の高齢化である。

 今や日本は紛れもない高齢化社会だ。人口の21.5%を65歳以上が占めている。その上、人口も減少しつつある。出生率の低下により、現在1億2700万人の人口は、2055年には8900万人に減ると予測されている。

 問題は、この2つの不幸な現象の組み合わせのせいで日本が競争力とエネルギーを失い始めていることだ。高齢の労働者は若い人に比べてえてして革新性が乏しく、高齢化した「成熟」市場には投資が流れ込みにくい。高齢者は新しい資本を生み出すより、蓄えを取り崩して生活する。労働人口が減れば、社会保障予算が枯渇し、政府の税収が減り、国家財政が圧迫される。

 社会の人口構成の変化は、政府の政策の選択肢も狭める。日本政府は国際的安全保障より、医療に優先順位を置いて予算を振り分けるようになる。それに、社会の最も貴重な「資源」である若者を危険にさらすような選択にはますます消極的になるだろう。

中韓の台頭で勢力図が変わる

 アメリカにとっては由々しき問題だ。この10年ほど日本は国際的安全保障の分野で果たす役割を拡大させ、日米同盟を強化させてきたが、日本が国際的安全保障で担う役割はこれから縮小する一方になるだろう。実際、近年になって東アジア情勢が緊迫の度を増しているにもかかわらず、日本の防衛予算は減少している。

 安全保障の面だけではない。日本社会の高齢化は、アメリカの一番痛いところに打撃を加えることになりそうだ。

 アメリカ政府は日本の対米貿易黒字を削減するよう求め続けてきたが、アメリカから日本に流れたドルは投資という形でアメリカに還流して、アメリカ人の消費を後押しし、アメリカ政府が予算の赤字を埋めるのを助けてきた。2008年後半まで、日本は世界最大の米国債保有国だった。現在はその地位を中国に譲ったが、日本が巨額の米国債を保有し続けていることには変わりがない。

 しかし日本の高齢化が進めば、貿易黒字を対米投資に回す余裕はなくなる。というより、厳密に言えば日本は貿易黒字を持たなくなる。やがて日本は貿易赤字国に転落し、国内で必要とされる資金をまかなうだけで精一杯になるだろう。貯蓄率も落ち始めている。コンサルティング大手マッキンゼーの試算によれば、日本の貯蓄率は2024年までに0.2%に下落するという。

 日本が少子高齢化社会への移行に苦しみ始めれば、中国と韓国はその機会に乗じて影響力を強めようとするだろう。この両国も同様の問題を抱えているが、日本より有効な対応策の選択肢がある。中国は一人っ子政策を廃止すればいいし、世界中にいる華僑を頼ることもできる。韓国は外国人花嫁を積極的に受け入れているし、南北統一が実現すれば北朝鮮の若者が大量に流れ込むだろう。

 日本はこれまで対外投資を通じてアジアでの影響力を「買って」きたが、その時代は終わった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、1カ月半内にサウジ訪問か 1兆ドルの対

ビジネス

デフレ判断の指標全てプラスに、金融政策は日銀に委ね

ワールド

米、途上国の石炭からのエネルギー移行支援枠組みから

ビジネス

トランプ氏、NATO加盟国「防衛しない」 国防費不
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中