妊娠22週で、胎児は思考力や感覚を持つ? 「妊娠中絶の罪」を科学から考える
ABORTION AND SCIENCE
ロー対ウェード判決を覆す判決文案が流出した後、連邦最高裁判所前で意見を戦わせる人工妊娠中絶支持派と反対派(5月3日) JABIN BOTSFORDーTHE WASHINGTON POST/GETTY IMAGES
<人工妊娠中絶は権利か罪か。米最高裁が中絶権の合憲性を覆して騒動となっているが、法律や政治の議論だけでは女性と胎児の権利を守れない>
米連邦最高裁判所は1973年の「ロー対ウェード」判決で、女性が人工妊娠中絶をする権利を認めた。しかし、その本質は、妊娠している女性のプライバシーに関する憲法上の権利と、(まだ子宮内にいるとしてもある時点で人間と見なされるかもしれない)胎児の仮定の権利とのバランスを取ることだった。裁判所の妥協案は、妊娠28週に達した胎児には権利を与える、というものだった。
その時期がおおむね妊娠28週とされたのは、恣意的な基準ではない。当時の医学と臨床経験から、妊娠28週は、胎児が子宮外でも生存可能なほど成長した時期とされていた。
あれから半世紀、胎児の成長と早産に関する科学は著しく進歩している。胎児が子宮の外で生存可能になる時期や、細胞の束から思考と感情を持つ存在に移行するプロセス、胎児と母親の健康との関係、早産後の成否を決める要因などについて専門医や研究者の考え方も変わっている。
歴史を通じて、社会は人間の生命を定義し、母親と子供の競合する利益のバランスを取ろうと苦心してきた。アリストテレスは、妊婦が子宮の中の動きを初めて感じるときに胎児が「生気」を得ると考えた。この「胎動」の概念は、西洋の初期の法律における胚と胎児の区別に役立った。旧約聖書では、胎児が人間の形になる時点を「形成」と考える。
1950年代には、超音波検査などで子宮内を安全に視覚化できるようになり、それまで考えられていたよりも早く胎動が始まることが明らかになった。
医学で早産児を救える妊娠期間が目安に
アメリカの中絶法の議論は50年近くの間、胎児の子宮外での生存能力を軸に展開されてきた。92年の連邦最高裁の「プランド・ペアレントフッド(家族計画連盟)対ケイシー」判決は、ロー判決が認めた中絶の権利を支持したが、その根拠について新しい解釈を採用した。その後、法律における中絶の権利の範囲は、一般に医学が早産児を救うことができる妊娠期間に基づくようになり、近年では22~24週までとされている。
しかし6月24日、連邦最高裁がロー判決を覆す判断を示した。5月にリークされた多数派判事の意見書の「草稿」と同様の結果で、これにより胎児の生存可能性に基づいて認められてきた憲法上の中絶の権利を、州法で破棄できるようになる。
既に、共和党が優勢の州ではその動きが始まっていた。2018年にミシシッピ州は妊娠15週以降の中絶を禁止した。昨年9月にテキサス州で成立した「胎児心拍法」は、胎児の心音が確認できる妊娠6週頃以降の中絶を禁止している。今年4月にはオクラホマ州が、医療上の緊急事態を除いて受精後の中絶を全て禁止。19年のアラバマ州に続く厳しい規定となった。