最新記事

肥満対策

法律でデブを治せるか

福祉受給者には甘い飲み物禁止、子供向けセットには栄養基準──ありがた迷惑な健康増進策の費用対効果

2011年2月2日(水)15時30分
ケイト・デーリー

そのひと口が…… ファストフードは何かとやり玉に挙げられる

 ファストフードのおまけ付き子供用セットメニューには、栄養基準を満たすよう義務付ける──11月9日にサンフランシスコ市議会で、そんな条例が可決された。マクドナルドのセットにちなんで「ハッピーミール法」とも呼ばれる。

 ニューヨークの公衆衛生当局は、フードスタンプ(政府発行の低所得者向け食料クーポン)で炭酸飲料など甘い飲料の購入を禁止しようとしている。メーン州ポートランドでは、チェーン店以外のレストランにカロリー表示が義務付けられた。

 全米に広まるこれらの規制は、すべて善意によるもの。健康を増進して医療費を減らし、市民の減量と健康的な食事を手助けしようというのだ。

 しかし本当に効果があるのだろうか? 答えは、今のところ誰にも分からない。行政府や企業、民間団体が「肥満危機」を克服する方法を模索しているが、健康を推進して医療費などのコストを削減できる有効な介入策は、まだ見つかっていない。

 既に実施されている健康増進プログラムも科学的に証明されていないか、検証さえ行われていないものも少なくない。また、その場限りのプログラムが多いために追跡調査がしにくく、成功率を算出することも難しい。
健康増進政策に関する研究もいくつか報告されているが、大して当てにならない。例えば健康に良くない食品は値段が高くなれば消費意欲が弱まるというが、炭酸飲料税を導入しても消費量は減っていない。

「脂肪は敵」の落とし穴

 公衆衛生当局が肥満危機にどう取り組めばいいか分からずにいるのは、肥満の原因が科学的に解明されていないからでもある。そもそも肥満が慢性疾患の原因かどうかも断言できない。

 肥満の増加は人種や睡眠、フードスタンプを受給している期間、ウイルス、環境汚染、細菌などに結び付けて語られる。しかし何らかの相関関係があるのかも、偶然発生するものかどうかも分かっていない。

 従って既存のプログラムも、科学的に実証されたものではなく推測に基づく場合が多い。政府が策定する食品選択のガイドラインのように基本的なものさえ、事実というより意見にすぎない。しかもこれらのガイドラインはしばしば変更される。

 それでも費用対効果に関しては、インフラ整備など莫大な費用が掛かる公共政策と同列にすべきではないと、コーネル大学のジョン・コーリー准教授(政策分析)は言う。健康増進政策はそんなにコストを必要としないからだ。「事前に効果が実証されていなくても、明らかなマイナス面のない政策は試してみる価値がある。効果が出なかったとしても、政府にも誰にも害はない」と、コリーは言う。

 ところが、その「害を及ぼす可能性は見過ごされやすい」と、イェシバ大学アルベルト・アインシュタイン医科大学臨床研究教育学部のポール・マランツ副部長は指摘する。例えば脂肪より炭水化物を多く摂取するという80〜90年代に流行したダイエット法は、高脂肪食は心臓疾患を招くという疑わしい仮説に基づいていた。その結果、炭水化物を多く取り、カロリー過多で太る人が増加した。

 健康増進プログラムは想定内と想定外の効果を継続的に監視する必要があると、マランツは言う。とはいえ彼も認めるように、健康対策が急務とされる現代社会で、厳密な検証を長期間続けるのは非現実的だ。

 しかし、だからこそ健康増進政策は面白いと、コーリーは言う。最善策を求めて「何でも試してみようというチャレンジ精神であふれている。まるで西部開拓時代のようだ」。

[2011年1月12日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中