産休後進国アメリカの愚
アメリカは有給産休制度のない唯一の先進国。子育てという未来への投資を社会全体で支えるべきだ
先進国で有給の育児休暇が保障されていないのは2カ国だけ。そのうちのオーストラリアでこの春、11年から有給の出産・育児休暇を義務付ける法案が可決された。アメリカは今や、そうした制度のない唯一の先進国になってしまった。
それでも小さな前進はあった。6月4日、連邦政府職員に4週間の有給出産休暇を認める法案が下院で可決された。実は昨年、同じような法案が下院で可決され、上院で否決されている。今回も簡単には上院を通過しそうにない。
そう考えると、オーストラリアの例は1つのヒントになるかもしれない。07年に首相の座に就いた労働党のケビン・ラッドは子育て支援を選挙公約に掲げた。彼は、与党だった保守派の自由党は子育て家庭の労働時間を増やす一方で、賃金引き下げの市場圧力から家庭を守っていないと批判。つまりラッドは、政府の責任を重んじる左派の立場に立ちながら、右派が得意とする「家族の価値」を前面に出したのだ。
子育て支援に関して、アメリカは世界最悪の水準にある。マギル大学(カナダ)が07年に行った173カ国対象の調査では、有給出産休暇のない国はアメリカ、レソト、リベリア、スワジランド、パプアニューギニアだけ。出産休暇のある168カ国のうち、98カ国は14週間以上の休暇を認めている。
支援の源は2つの発想
制度があまり充実していないオーストラリアでも、一定の要件を満たせば連邦最低賃金に当たる週543豪ドル(約4万2000円)の育児給付金が最長18週間、給付される。出産や養子を受け入れた場合は、5000豪ドルの祝い金なども支給される。
フランスでは金銭的支援が手厚く、子供が2人以上いる家庭には毎月164ドル(約1万5000円)の家族手当が支給される(以降、子供が1人増えるごとに加算)。低収入の家庭には出産・養子助成金が1200ドル、育児基本手当(3歳まで)が月236ドル支給されるなど、さまざまな手当がある。
こうした政策の基になるのは2つの異なる発想だ。出産祝い金のようなものは、子供を増やすことが目的の「家族主義」政策といえる。一方、育児休暇はよりよい「仕事と家庭のバランス」を生むための政策で、女性が仕事を続け、経済に貢献できるようにしている。
家族主義はヨーロッパの、特にカトリックの伝統が根強く残る国で長い歴史がある。しかし働く女性が増えるなか、家族政策は女性の経済的地位をめぐる議論と切り離せなくなっている。
アメリカには93年制定の育児介護休暇法があり、出産や家族の看護のために最長12週間の無給休暇を保障している。手厚いとはいえない制度だが、それでも商工会議所などの経営者団体は「政府による人事への干渉」として反発した。
78年、妊娠を理由にした解雇や不利な待遇を禁じる「妊娠差別禁止法」が可決された際も、妊娠は「本人の意思による事情」だから、解雇しても差別に当たらないとして経営者団体は猛反発した。出産によって次世代の市民や労働者が生まれることは無視して、自社の負担になるものは切り捨てる権利があると企業は考えている。
子供を持つのは個人的な選択という考え方では、家庭が負担している社会的コストを理解できない。エール大学法科大学院のアン・アルストット教授は、子育てには社会的価値があり、社会もその費用を負担する必要があると言う。彼女は著書『出口なし──子供に対する親の責任、親に対する社会の責任』で、「親が子供を継続的に世話し、子供の知的、感情的、道徳的な能力を伸ばすことを社会は必要としている」と書いている。