「組み立て15分、コストはたった1万円」 能登半島地震で大活躍する災害対応の即席住宅開発への軌跡
「ホイポイカプセル」のアイデア
翌日、岩手の花巻空港から名古屋に向かう飛行機の機内でも、前日のやりとりが頭から離れなかった北川さんは、そもそもなぜ仮設住宅の建設に何カ月もかかるのか、思いつく限りの要因をノートに記した。
「(部材が)重い」「部品数が多い」「いろいろな職能の人が必要」など、数えてみると、ちょうど40個になった。
今度は、「重い」なら「軽い」という具合いに、40個すべてに対義語を書き出した。そのすべてを実現すれば、もっと早く仮設住宅を建てることができるという仮説が成り立つ。どうすればいい? と考え込んでいるうちに、名古屋空港に着いた。
外はまだ肌寒く、カバンにしまっていたダウンジャケットを取り出して羽織った瞬間、脳内に電流が走った。
「カバンの中に小さく収まって、着た瞬間にもう暖かい。これってなんかあるなと思ったんです。『ドラゴンボール』のなかで小さなものがポンっと大きくなるアイテムが『ホイポイカプセル』として出てくるんですけど、そのメカニズムって誰もやっていなかったんですよね。そのメカニズムを建築に応用して、なにかできるんじゃないかと思いました」
名古屋での日常に戻ってからも、40個の対義語をどうクリアするかを考え続けた。
そうして、最も重要なポイントは「空気」だと気づく。
「普通の建築って硬い、重い、(価格が)高いでしょう。硬くて重いものを使えば手間がかかって値段が上がるし、時間をかければそれだけ価値のあるものだと思って、お客さんもお金を払う。でも、被災者が使う仮設住宅もそれでいいのか。だから僕は、基本的に人が生きる際にどこにでもあって無料で使える空気を使おうと思ったんです」
空気は、トップレベルの断熱材として知られる。
軽くて薄いダウンジャケットが温かいのは、羽毛や化学繊維が空気の層を形成するからだ。
閃きをもたらしたフランスパン
北川さんは、サブカルから急ハンドルを切って「空気をまとう住宅」の開発に乗り出した。
風船、布団、食器洗い用のスポンジ、シャボン玉など「空気」に関わるいろいろな素材で実験を繰り返した。
失敗続きだったが、それを重視した。
「多くの人は、失敗するとわかっていることはやらないと思います。でも、失敗して初めてわかることもあるんですよ。失敗しないと現場的な感覚も改善のポイントもわからない。失敗の先に、なにかあるはずなんです」
5年間、たくさんの失敗を重ねた北川さんは、2016年10月のある日、地元のイオンモールのパン屋さんでフランスパンを目にして、閃いた。
「フランスパンって外側は硬いのに、中身はフワフワで芳醇ほうじゅんだ。しかも、オーブンに入れたら自然に膨らむ。この構造を使えないか⁉」
にわかに頭が高速回転を始める。
パズルのピースがカチカチとはまっていくように、テントシートに空気を送り込んで、内部に断熱材を吹き付けるというアイデアが思い浮かんだ。
数日後、北川さんは大学の運動場にそれまで協力してくれていた建築学の先生、断熱材メーカーの担当者、大工、学生など関係者を集めて実験を行った。
そこにいる全員が「できないだろう」と考えていたし、北川さんも大きな失敗でいいと思っていた。
ところが実験開始から15分、そこにはインスタントハウスの原型ともいえる2畳ほどの空間ができあがっていた。
予想外の展開に、周囲から「うわーっ!」と歓声が上がる。近くにいた4人がそれをヒョイッと持ち上げるのを見た時、北川さんは鳥肌が立った。
「ついに40項目をクリアした!」